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信頼を得るための前提条件。“非”開示義務企業における「人的資本開示」のメリット

公開日
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入江 雄介(いりえ・ゆうすけ)氏

コクー株式会社 代表取締役CEO

19歳で起業後、企業エンジニアを経て2008年にITで再起業。EXCEL女子など今に繋がる事業を立ち上げ、2019年に人財×デジタル事業をコアとするコクー株式会社を創業。「女性がイキイキと働き、活躍している社会を創る」をビジョンに、IPOと女性活躍推進企業No1を目指す。

コクー株式会社コーポレートサイト

2023年3月、上場企業を対象に『人的資本の情報開示(以下、人的資本開示)』が義務化されました。従業員のダイバーシティ(多様性)やエンゲージメント(満足度)がますます注目されるなか、「自社にも関係があるのだろうか」「開示するとどのようなメリットがあるのだろうか」と気にされている経営者・ご担当者の方も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、人的資本開示義務の対象ではないにも関わらず、自発的に情報開示を進めているコクー株式会社CEOの入江雄介さんに、開示のメリット・デメリットについて伺いました。

ダイバーシティ&インクルージョンが当たり前の社会を創る

コクー社では、どのような人的資本の情報を開示しているのでしょうか?

入江さん

主にnoteのオープン社内報をつうじて人的資本に関する情報を公開しています。たとえば「コクーが掲げるダイバーシティの考え方」「女性管理職の比率」などの情報を公開しており、投資家や取引先、転職希望者の方にお読みいただいています。

参考:note「ダイバーシティ&インクルージョン」

また、社外に向けた人的資本開示だけではなく、社内に向けた情報発信への取り組みにも積極的です。たとえば、社内SNSで私がいま考えていることや、会社で起きていることを全社に共有しています。SNSには役員やマネージャーも参加しており、皆も発信に積極的になってきました。

情報発信により、上司と部下の立場をこえて社員同士がお互いに知る機会が増え、仕事の連携も取りやすくなったと感じます。

ダイバーシティは、まさしく人的資本開示の一分野です。なぜ、義務対象ではないのにも関わらず自発的にダイバーシティの情報を公開したのでしょうか?

入江さん

私たちが、ダイバーシティにビジネスの可能性や価値を感じているためです。上場を目指すなかで、いずれ義務になるから先に人的資本開示に対応しておくといった目的では一切ありません。

弊社は「デジタルの力でダイバーシティ&インクルージョンが当たり前の社会を創る」というパーパスを掲げています。つまりデジタルとダイバーシティで日本を元気にすることが私たちの存在意義であり目的です。

女性、シニア、外国人、障害者、LGBTQ……さまざまな属性の人たちがデジタルの力を身につけて、それぞれの思考を掛け合わせたらもっと日本が元気になる。このパーパスに共感する人が集まるように、開示できる部分はすべて出す。ダイバーシティに関する情報開示も、そんな思いで取り組んでいます。

コクー株式会社 代表取締役CEO 入江雄介

求人広告を増やさずに毎月1,300名ほどの応募が集まる

こうした情報開示を行った結果、どのような変化がありましたか?

入江さん

まずは採用面での変化です。ブログ等の情報発信によって女性メンバーが増え、会社の雰囲気が変わりました。もともとは男性比率が高い会社でしたが、今では社員約600名のうち8割が女性です。昔と比べると、コミュニケーションが活性化し、以前とは違った観点の意見が集まるようになったと感じています。気づいていなかった観点によって、それまで隠れていた課題が全社員に見えるテーブルの上に乗り、解決されたときには、会社の成長や雰囲気の変化を強く実感しました。

具体的にはどのような事例がありましたか?

入江さん

たとえば、育休です。女性社員が増えるなかで「疎外感で休みにくい」「制度について不安がある」といった意見が多く集まるようになりました。女性が出産にあわせて仕事をお休みするのは当然で、私も考慮はしていたつもりでしたが、気づけていなかった部分がありました。こうした認識の差をリアルに感じ、会社として具体的な対策に向けて動けるようになれたのは大きな進歩でした。結果的に女性が活躍しやすくなり、さらに女性社員が増えています。

採用への影響が一番大きかったのでしょうか?

入江さん

はい。求人広告費もさほど増やさずに毎月1,300名ほどの応募が集まるようになりました。

社員の満足度も高く、社員の紹介による応募も年々増えています。社員の友人や前職の同僚のみならず、親族の紹介も多くあります。直近では、弊社で展開している『デジマ女子(=デジタルマーケティングの運用支援サービス)』メンバーの弟さんが入社したケースもありました。こうした傾向もあって、世間的に採用コストが高騰するなかでも、大幅に費用を抑えられています。

女性が活躍しやすい環境を作った結果、男性社員の応募も増え、求人広告費も抑えられているとのこと、素晴らしいですね。入社した方からはどのような声が挙がっていますか?

入江さん

入社した社員自身も積極的に情報を発信したい、という声がよく挙がっています。

弊社に新しく入社する方の8~9割が未経験の女性です。多くの方が、先輩社員が書いたブログ記事で未経験からの入社動機や成長過程、活躍の様子を知り、コクーへ入社を決めています。そしてその記事を読んで入社した社員が、後輩の参考になるような新しい記事を書きたいと言ってくれています。社員自身の情報開示によって、よい採用サイクルが生まれています。

コクー株式会社 深町さんと入江さん

撮影の合間の1コマ、広報の深町さんと談笑中の様子

会社の考え方や方向性を理解してもらえ、受注につながった

人的資本など情報開示をしたことで、ビジネス的な効果はありましたか?

入江さん

売上の効果は間違いなくありました。実際に、開示情報をつうじて会社の考え方や方向性を理解してもらえた結果、協業や発注につながった例もあります。たとえば、日本を元気にするために、人的資本や地方創生への思いを盛り込んだ『VISION2030(長期経営計画)』をnoteで開示したところ、同じ思いをもった方から、一緒に進めたいと話をいただきました。

参考:note「VISION2030長期経営計画について」

noteやブログは、思いや熱量を自由に表現しやすいメディアです。そのため、ピッチ(=短いプレゼン)や数字資料と比べても、顧客や投資家の方からの信頼を得やすいと考えています。信頼は経営の大前提ですから、それを獲得できるメディアでの情報開示は、とても重要だといえるのではないでしょうか。

デメリットよりも開示するメリットを大きく感じている

情報を開示するデメリットには、どのようなものが考えられますか?

入江さん

よく考えてみましたが、大きなデメリットは思い当たりませんでした。

たとえば、私たち自身も課題として抱えているように「ダイバーシティや女性活躍をうたっているのに上層部には男性しかいない」といった指摘を受ける点は、デメリットといえるかも知れません。

この点は、冒頭でご紹介したnoteでも、"上層部おっさん問題"と評して自ら触れています。

参考:note「ダイバーシティ&インクルージョン」

しかし、こうした問題を打破しようとしているところまで開示情報として伝えられたなら、マイナスの影響はそこまで大きくはならないと考えています。完全にリスクがないとは言い切れませんが、少なくともそこまで強く感じていないのは事実です。

デメリットは思い当たらない。意外な回答で驚きました。情報開示を怖いものと考えている方も多いと思うので、勇気になりそうです。

入江さん

もちろん、気づいていないデメリットはあるかもしれません。しかし、それよりも開示するメリットを大きく感じているということです。

会社も仕事も人から作られるものですから、どのように人の信頼を得ていくかが経営の重要課題になってきます。この信頼を得るための前提条件として必要なのが、情報開示だと私は考えています。考えてみていただきたいのですが、情報がブラックボックス状態の会社で一緒に仕事をしたい、そこで働きたいと思うでしょうか?  しっかりと情報を開示してくれる、透明性の高い会社の方が印象がよいのではないかと思います。

人はコストでもリソースでもなく資本です。いかに人に投資をして、この会社に入りたい、成長したいと思ってもらえるか。そしてモチベーション高く働いてもらえるか。私はこここそが人的資本経営の本質だと考えています。

コクー株式会社 代表取締役CEO 入江雄介 笑顔でお話ししている様子

まずは社内で情報開示のメリットを感じてほしい

これから人的資本開示に取り組む企業は、まず何からはじめるとよいでしょうか?

入江さん

第一歩としては、社長から社員に向けた「社内ブログ」がおすすめです。いきなり社外に向けた人的資本開示が難しい場合でも、社内ブログであれば始めやすいのが特徴です。ブログがなければメールでも構いません。まずは情報開示したときの社員の反応を見てください。

反応がなく寂しいときもありますが、「元気をもらいました」「参考になったので友人に紹介しました」といった前向きな反応があると、情報発信が人のためになるという実感を理解してもらえるはずです。

また、読んでくれた社員のモチベーションや、仕事のアイデアにもなるので、仕事の生産性向上にもつながります。情報開示をするだけで、ポジティブな影響を人に提供できることをまずは感じていただきたいです。

文章を書くことが苦手な方もいると思います。

入江さん

それでも続けてみることをおすすめします。私も文章は得意なほうではありませんが、毎週1本ブログを書くうちに、スムーズに書けるようになり、3年間続けられています。お伝えしたように社内の生産性向上など大きな効果も期待できるので、ぜひ挑戦してみていただけると嬉しいです。

最後に、中小企業などなかなか人的資本の情報開示まで手が回らない企業の方々へメッセージをお願いします。

入江さん

事業の規模が小さく、体制も不十分ですと、目の前の仕事に追われて情報開示まで手が回らないと感じるのは当然です。人的資本開示は、ダイレクトに数字に跳ね返るような施策ではないので、扱いの難しさはあるでしょう。

しかし、会社は人からなるものです。会社を成長させるには、会社が求める人に働きたいと思ってもらえる会社にならねばなりません。求める人を集めるためには信頼を得なければならず、その信頼を得るためには、気になる情報を表に出して知ってもらう必要がある。つまり情報開示が重要になってきます。

たしかに、きっかけは上場企業の義務化や、世の流れといった外部要因かもしれません。ただ、長期的な観点で見れば、情報開示は会社が求める人を集めていい仕事をするための施策ともいえます。まずは少しずつ、人的資本開示を進めてみてはいかがでしょうか。そして情報開示をきっかけに、実際に求める方と巡り合うことで、本当に会社の成長につながったという意義を感じていただけたらと思います。

※SmartHR Mag. ではアクセシビリティなどの観点から『障害者』と記載しています。

人的資本経営を5分で読み解く。企業に求められるものとは

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