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「骨太の方針2022」で人事・労務の仕事はどう変わる? 注目点と今後の対応【社労士が解説】

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こんにちは、社会保険労務士の宮原麻衣子です。6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(通称:骨太の方針2022)」には、人事制度や労務管理のあり方を考えるヒントが盛り込まれています。

今回は骨太の方針2022のなかから、人事・労務担当の皆さまがチェックするべきポイントをご紹介します。

骨太の方針とは?

「経済財政運営と政策の基本方針(以下、骨太の方針)」とは、政府の経済財政政策の基本方針が定められた文書です。年末の予算編成に向けて政府が何を重視し、どこに向かおうとしているのかを読み解ける貴重な資料といえます。

2017年には「働き方改革」が重点課題のひとつに挙げられ、コロナ禍の2020年には「フェーズⅡの働き方改革」として多様で柔軟な働き方について触れられており、人事・労務担当の皆さまにとっても決して無縁のものではありません。

(1)人事・労務担当のチェックポイント(人的投資・賃上げ・社会保障)

今回策定された骨太の方針2022においても、注目すべき政策が多数盛り込まれています。骨太の方針2022とともに決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の内容もあわせて、とくに重要なキーワードをご紹介します。

人的資本投資

骨太の方針2022における重点投資分野のトップバッターが「人への投資と分配」です。

分配戦略

かねてより問題視されていた少子高齢化やコロナ禍で加速する人口減少により、限られた労働力で労働生産性を高めることは喫緊の課題です。

人的資本投資の考え方は「労働力は使えば減ってしまう資源(コスト)ではなく、投資をすれば新たな価値を生み出す資本である」というものですが、これまで日本企業の人的資本投資は先進国に比べて十分とは言えませんでした。

そこで、付加価値を生み出す人材への投資が経済成長のカギを握るとし、以下のような目標を達成するべく3年間で4,000億円規模の施策を講じることが決定されました。

・職業訓練やリカレント教育(学び直し)などの成果を活用したキャリアアップや労働生産性の向上

・デジタル分野などの成長分野への労働移動など「自分の意思で仕事を選択することが可能な環境」の構築

・同一労働同一賃金の徹底などを通じた非正規雇用労働者の処遇改善や正規雇用転換

・非財務情報の開示ルールの策定

大きなポイントとなるのが、非財務情報の開示ルールの策定です。

国内外を問わず企業を取り巻く環境は変化しており、ESG(環境・社会・企業統治)経営など、財務情報だけでは計ることができない分野への取り組みに価値を見出す動きが強くなっています。

開示項目は「人材育成」「多様性」「健康・安全」などとされ、人事・労務担当の皆さまが普段から関わる項目も多く含まれています。「非財務情報の開示なんて大手企業だけのことだろう」と考えがちですが、ESGの取り組みを求める動きは企業規模を問いません。

可視化

(出典)人的資本可視化指針 (案) – 経済産業省

なかでも、人的資本投資は今後ますます注目度が高まります。6月に厚生労働省が策定した「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」も参考に、企業と働く人双方が持続的に成長できる環境づくりについて考えましょう。

賃上げ・最低賃金

可処分所得を増やす、そして人への投資を進めるという意味でも、賃金引上げが必要であると明示されています。最低賃金はできるだけ早期に全国加重平均が1,000円以上となることを目指しますが、コロナ禍や国際情勢の不安定さにより、業績が悪化している企業も少なくありません。

そこで賃上げ税制の活用促進や、事業再構築・生産性向上に取り組む中小企業への支援や、取引適正化に向けた環境整備などを進めるとしています。

業務改善助成金のご案内

​(出典)必ずチェック 最低賃金 使用者も 労働者も – 厚生労働省

全世代型社会保障の構築

人生100年時代の到来を見据えつつ、成長と分配の好循環の実現は欠かせません。「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心」という社会保障の構造を見直し、以下の施策によって、全世代が必要な保障を受けられる持続可能な仕組みを構築するとしています。

・男性や非正規雇用労働者の育児休業取得促進、子育て支援

・勤労者皆保険の実現に向けた被用者保険の適用拡大の実施(さらに企業規模要件の撤廃・非適用業種の見直し・フリーランスやギグワーカーへの社会保険適用について被用者性(雇用契約の有無)の捉え方などを検討)

全世代型社会保障改革について

(出典)全世代型社会保障改革 – 厚生労働省

被用者保険の適用拡大は段階的に実施されており、2022年10月には従業員数101人以上の企業が対象となります。2024年10月には、さらに従業員数が51人以上に拡大され、また今後はフリーランスなどの被用者性(雇用契約の有無)についても検証が必要となる可能性もあり、勤労者皆保険に向けた動きにも注視が必要です。

社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進

医療・介護費の適正化や医療・介護分野におけるDXの推進についても、次のように触れられています。

・2024年度中を目途に、保険者による健康保険被保険者証発行の選択制導入を目指し、さらにオンライン資格確認の導入状況を踏まえたうえで、健康保険被保険者証を原則廃止

・全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への情報提供、オーラルフレイル対策や口腔健康管理の充実による疾病の重症化予防など

昨今は健康経営に取り組む企業も増えていますが、健康経営は働く人自身や企業に好影響を与えるだけでなく、医療費適正化という大きな意義も持っています。少しずつでも継続的に健康経営を実践することが大切です。

「健康経営・健康投資」とは

(出典)健康経営の推進について – 経済産業省(p.19)

(2)人事・労務担当のチェックポイント(働き方改革・女性活躍)

多様な働き方の推進

これまで国を挙げて取り組んできた働き方改革は、当初は労働時間の削減や年次有給休暇の取得促進に重点が置かれていました。しかし現在では「働き方改革フェーズⅡ」として、働きやすさだけでなく働きがいも高める取り組みが重視されています

働く人のエンゲージメント(個人と組織の成長の方向性が連動し、働きがいを感じるなかで互いに貢献できる状態)が高くなると、労働生産性も高まると考えられていますが、日本企業で働く人のエンゲージメントは国際的に見て非常に低く、また現在の勤務先で継続して働きたい人の割合、そして転職意向や独立・起業志向のある人の割合も低くなっています

従業員エンゲージメントの国際比較

(出典)第1回未来人材会議(2021年12月7日)事務局資料 – 経済産業省

「別に働きがいもないし、今の会社で働き続けたくもない…。でも転職したいというわけでもない…」と考える人が多い社会では、労働生産性は向上しません。エンゲージメントを高めるには、働く人の個々のニーズにもとづき、多様な働き方を選択できる環境づくりが必要です。

現在の勤務先での勤続希望
転職や独立・起業の希望

(出典)第1回未来人材会議(2021年12月7日)事務局資料 – 経済産業省

骨太の方針2022では、具体的な取り組みとして下記が挙げられています。

・労働契約関係の明確化(就業場所・業務の変更の範囲の明示等)

・裁量労働制を含めた労働時間制度の在り方の検討

・フリーランスが安心して働ける環境整備(契約の明確化を図る法整備や相談体制の充実)

・時間や場所を有効に活用できるテレワークの促進

・副業・兼業の推進(「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の改訂と情報開示)

・子育てや介護等と仕事を両立するための選択的週休3日制度の普及​

これらの取り組みは、従来の日本型雇用慣行から一線を画す内容であり、人生設計の幅が広がり、エンゲージメントを高めることが期待されます。

一方で人事・労務担当の皆さまは、労働時間管理などのあらゆる側面で対応が必要となる可能性があるので、施策の動きを注視していただきたいと思います。

女性活躍

「骨太の方針2022」の閣議決定に先立ち、「女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針2022)」が6月3日に決定されました。

家族のあり方の多様化や人生100年時代の到来のなかで、「男は仕事、女は家庭」という昭和的な価値観はもはや通用しません。男女格差を測るジェンダーギャップ指数で日本は世界156か国中120位と、男女間の賃金格差も大きな問題となっています。

ジェンダーギャップ指数

(出典)女性活躍・男女共同参画の現状と課題 – 内閣府男女共同参画局

女性版骨太の方針2022では「結婚すれば生涯、経済的安定が約束されるという”永久就職”はもはや過去のものとなった」と記載され、取り組み事項の第1に「女性の経済的自立」を挙げ、具体的な取り組み内容を以下のように示しています。

・常用労働者301人以上事業主に対し、男性の賃金に対する女性の賃金の割合の開示義務付け

・女性デジタル人材育成プランの着実な実行

・同一労働同一賃金の徹底による女性に多い非正規雇用労働者の待遇改善

・「130万円の壁」等を念頭に女性の視点も踏まえた社会保障制度や税制等の検討​

また、男性の育児休業取得促進や長時間労働の是正などをとおして、男性が子育てに参画しやすくするための環境整備も進めるとしています。育児介護休業法の改正も相まって、今後は男性の育児休業取得者が増えるかもしれません。

おわりに

骨太の方針2022では、日本型雇用慣行を覆すさまざまな施策が明示されています。

産業構造や社会情勢の急激な変化に伴い、企業も働く人もこれまでの価値観を変化させるときが来ています。

経済産業省から公表された「人材版伊藤レポート(2020年9月公表)」「人材版伊藤レポート2.0(2022年5月公表)」では、人的資本を活かす企業経営のあり方が提言され、大きな注目を集めています。人材を活かすWell-beingな職場づくりにおいて、人事・労務担当の皆さまが果たす役割は、ますます大きくなります。今後の法改正などの動きに注目していきましょう。

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