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見据える方向を合わせた、経営陣の想いのインプットと関係者への丁寧な浸透

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2013年に創業し、クラウド人事労務ソフト「SmartHR」の開発を手掛ける株式会社SmartHR。当社では、2024年のスタートとともに人事戦略の運用をスタートしました。事業として人事・労務を扱う企業がどのように自社の人事戦略を策定し、運用を始めたのか。その過程は今後同様に人事戦略を策定される企業にとってヒントになると考えます。

2023年11月にSmartHR社に入社し、CEO室(人事)として1か月で当社の人事戦略策定を成し遂げた宮下竜蔵さんに、策定から導入までを伺いました。

前編では、人事戦略を策定するために必要な考え方や、自社の経営戦略・コーポレートミッションに照らし合わせて考慮すべきポイントなどをお聞きします。

宮下 竜蔵

株式会社SmartHR CEO室 人事

関西学院大学卒業、神戸大学大学院(MBAプログラム)修了。大学卒業後、外資系製薬会社に入社し、営業や研修業務を経験。その後、複数の事業会社にて人事業務(採用・教育・HRBP等)を経験。前職では、Head of HRとして人事全体のマネジメントを担当。2023年11月にSmartHRに入社し、人事戦略の策定、タレントマネジメント導入等、人事業務に幅広く携わる。

多角的インプットから始める人事戦略策定

今回新たにSmartHR社の人事戦略が策定されましたが、これまで当社には人事戦略がなかったのでしょうか。

短期的なものはありました。しかし中長期的かつ体系的ではなく、具体性に欠けていました。私は2023年11月に入社したのですが、そのときからCEOの芹澤さんからは「人事をより強化してほしい」と言われていました。急激に社員数が増加するなか、いままで追いついていなかった社内のタレントマネジメントに注力するフェーズが来ていることも、課題に感じていたようです。

私自身も、これまで17年間にわたって人事畑を歩んできましたので、今後1,000人、2,000人と社員が増えていくのを見越したとき、人事戦略の基盤をつくる必要があると感じていました。

宮下さんの写真。

SmartHR社 CEO室 人事 宮下さん

人事戦略策定にあたって、何から始めたのでしょうか?

最初は、入社初期のオンボーディングとして、芹澤さんやCEO室の他メンバーに、毎日30分ずつインプットの時間をもらいました。会社や人事の歴史、課題に感じていること、加えて「こんなことをしていきたい」という具体的な話も聞きましたね。

その後、各CxO・VP(事業本部長)とマンツーマンでインタビューして、人事上の課題や人事に期待することについて話を伺っていったんです。あえて全員に同じ質問をすることで、会社の輪郭や課題を明らかにする作戦でした。会社を理解すると同時に、「みんながどのようなカルチャーで働いているのか」を自分のなかで“腹落ち”させる時間でもありました。

なぜインプット時間やインタビューのなかで、“カルチャー”を意識していたのですか?

言葉にしにくい雰囲気や会社に浸透しているカルチャーがこの会社の強みであることは入社前からわかっていたので、その文脈を汲み取りたかったんです。同時に、入社して1か月は毎日出社してさまざまな人とコミュニケーションを取るようにしました。実際に会って言葉にできない文脈を汲み取ることは、カルチャーを理解するうえで大切です。その時間が人事戦略を言語化していくときにも非常に生きたと思います。

マンツーマンのインタビューで見えてきたことはありますか?

まず、「人事が何をしたいのか、全体の絵が見えにくい」と指摘されました。これは非常に危険だと感じたんです。人事戦略は経営戦略と紐づくものですから、人事に全体の絵がなければ「人を育て続ける企業」からは遠くなります

もともとは入社してすぐに人事戦略を策定するつもりはなかったのですが、この言葉を聞いて「やらなければ」と策定への動きがドライブしていきました。その後、私がつくった人事戦略の素案をもとに、少人数でのワークショップで議論して、最終版へと仕上げました。

コーポレートミッションの社内実現も考慮

人事戦略では、当社のミッションである「well-working」についても定義されていますね。

SmartHR社が目指す人的資本経営とは、自社のwell-workingの推進と、社会のwell-workingの推進の両立であることを記載した画像。

参考:well-working story - 株式会社SmartHR

SmartHR社には「well-working|労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」というミッションがあるのですが、それが社内に向けて定義されていなかったことに違和感を覚えていました。2030年を経営戦略における1つの到達地点として見据えたとき、当社自身がコーポレートミッションを体現し「well-working」である状態は必要不可欠です。

世の中に「well-working」を掲げているのに社内でwell-workingを実現できていなかったらおかしいですよね。それで、社内の「well-working」とはどのような状態なのかを皆で議論し、噛み砕いていったんです。

議論の結果、「well-working」の実現のために、社内に必要なのはどのような要素だと考えたのでしょうか?

「働きやすさ」と「働きがい」、この2つを合わせもった会社にしていく、そのような職場環境の整備が大切であると確認しました。そのうえで、社内の「well-working」は「日々、成長実感と自己実現の機会があり、誇りをもって働けること」「その結果として、SmartHRの事業成長をリードしていると実感できること」と定義したんです。

まずは人事部内で1か月。段階的に全社に共有していく

策定後、どのように社内に共有したのでしょうか?

完成したのが2023年12月だったので、まずは50名以上いる当社人事部のメンバーに共有しました。人事戦略を動かすのは人事部ですから、とくに丁寧に伝える必要がありました。また、今後より拡大していくスケールアップ企業として、活躍できる人材の確保と環境の整備、再現性のある人材育成を確立して急成長を持続させられるサステナブルな組織基盤の構築が必要だという話もしました。戦略と意図を伝えて、戦術を人事部のメンバーが具体的に詰めていくのが望ましいと考えました。

人事戦略を伝えたうえで、1か月間を人事部での調整期間に充てたそうですね。

はい。12月中は人事部のメンバーが納得するための期間としました。その間、「人事戦略をよりブレイクダウンしたときの行動レベルとはなにか」といった内容をディスカッションし、人事部のメンバーそれぞれが人事戦略を噛み砕き、自分のものにする時間としました。そういう期間は必ず必要だと思ったので、人事メンバーが“腹落ち”するための調整期間を充分に取ったんです。

宮下さんの写真。

その後、1月から全社員に人事戦略が公開されていきました。

12月の人事部でのディスカッションを経て、2024年1月の全社キックオフ会議で芹澤さんから大まかな話がありました。その後2月に、全社員に対してより詳細な戦略と戦術を説明した形です。

「働きやすさ」を重視するだけでなく「やりがいや働きがいも大切」「会社として働きがいに注力していきたい」という経営側のメッセージを伝えたかったんです。そんな背景もあり、後に発表する人事戦略にもとづいた人材育成方針でもアグレッシブな印象を大事にしました。

2月は全社集会で人材育成方針を発表される1週間前に、毎月1回開催している“経営層からのメッセージを発信する会”で「スケールアップ企業としてのSmartHR社におけるwell-working」についてお話しされていたのも記憶しています。

いままでになかった人事戦略と、それにもとづいた人材育成を実行するにあたり、社員のマインドも大きく変える必要がありました。だからこそ全社発表の前に、芹澤さんとDirector(事業部長)とともに座談会形式で「会社は変わるんだ」とメッセージングしました。

当社はまだ業界を牽引するポジションとして企業として安全なフェーズにいるとは思っていません。さらに攻めないといけないし、経営戦略を実現するための目標をやりきらないといけない。スケールアップ企業には、やりきる力や、自己成長・自己実現のために貪欲になるマインドが大切だと思います。これは経営陣の総意です。

ですが、現在は全員がそのような状態だとは言い切れません。社員が1,000人を超えるとベクトルを合わせることは難しくなると、私のこれまでの経験からわかっています。とはいえ「全員で同じ方向を向いて、スケールアップ企業として頑張っていこう」といったマインドセットのきっかけになったらよいな、と考えました。

さらに社員一人ひとりに腹落ちしてもらうため、座談会の次週に全社集会であらためて当社の経営戦略を実現するための人事戦略について説明し、求める人物像や人材育成の考え方・方法について全社員に伝えました。芹澤さんのスピーチで方針を出し、鼎談形式で「変える必要があること」をメッセージング、そして私から経営戦略実現のために人事戦略にもとづいた人材育成施策を開始していく、と三段階で伝えることで、「会社としての狙い」から「実際に施策として実行していくこと」までを、段階を追ってしっかりと伝えられたと思います。

中長期での経営戦略実現のために、人事戦略の“耐用年数”を想定する

今回の人事戦略はどのくらい先までを見据えたものなのでしょうか?

まずは2年と想定し、2024〜2025年における人事戦略を策定しました。一方で、SmartHRの経営目標は中長期にわたって設定しているので、達成のロードマップが必要です。Step1として2024〜2025年、Step2以降もそれぞれ1〜2年ごとに人事戦略を変化させることを考えています。

一般的には人事戦略は経営戦略と紐づいているため、短期間で戦略を変えづらいように思います。

「この年度にこの経営目標を達成する」というゴール・マイルストーンは変わりません。しかし、達成するための“やり方”は変わることもあると思っています。急に社員数が増減するなど、さまざまな状況に対応できるよう柔軟性をもてるようにしておくのも大事だと考えています。

人事戦略で重要なのは“ストーリー”。現実的なプランと挑戦的な夢のバランスをとる

人事戦略を立てるうえで重要なことは何ですか?

経営戦略からブレイクダウンした、人事戦略・戦術までの一貫したストーリーです。途中で戦略を変える場合にも「なぜ変えるのか」というストーリー展開が大切になります。戦略にこだわりすぎてスケールアップしない方がよくないと思いますので、実態に合わなければ変える勇気も必要ですし、それこそが戦略人事だと思います。

SmartHRの人的資本経営における価値創造モデル

参考:well-working story - 株式会社SmartHR

ストーリーを組み立てるときに、現実的に達成可能な要素と、非連続的な挑戦の要素をどのくらい盛り込むべきなのでしょうか。

人が不安になるときというのは先が見えないときですから、先が見えるような現実的なプランが求められます。たとえば、人材の確保やタレントマネジメントの実施、採用の強化といった文脈です。一方で、ハイレベルな経営目標を達成するためには、非現実的でも夢をもてるストーリーも必要です。現実と非現実の2つのバランスを取ることが非常に大切です。

当社の場合、ここ1、2年でさらに具体的なビジネスの方向性が定まると思っています。ですから、step2以降(2026年以降)の人事戦略はあえて抽象度が高く、夢をもてるような余裕のある戦略を立てました。

それは「本当にできるの?」と思われる内容でもあります。しかし、社名にHRと掲げるのであれば、やや背伸びした夢のような内容だとしても、定めた人事戦略を実現していきたいですし、そのためのスキルも入手しておきたい、と考えています。

スピード感を重視しつつ確実に推進するために、危機意識をもって少人数で進める

人事戦略策定から全社周知まで、多くの方と関わってきたかと思います。「推進するために誰を巻き込むか」はどのように決めていったのでしょうか?

人事戦略を策定する際に「誰を巻き込むか」は非常に重要です。巻き込むべきメンバーに関しては、芹澤さんと毎日打ち合わせをするなかで、ある程度想定・確認しながら進めていきました。

当社の場合は、芹澤さんのほかに、CEO室の他メンバー、人事企画室のメンバーや外部のコンサルタントに関わってもらいました。共通するのは、課題意識を強くもっていて「当社の人事をアップデートしないといけない」と思っている人事関連部門のメンバーを慎重に選んで巻き込んでいます。

たとえば、最初から人事部全体を巻き込むなどの方法もあるかと思います。そのメンバーに絞った理由はありますか?

スピード感を重視しつつ確実に推進するためには、ある程度少人数に絞ったほうがやりやすいと思います。それは会社のフェーズや考え方、問題の重さと深さにも依りますが、今回は選抜するべきと判断しました。

人事戦略策定を約1か月で成功させたポイントは何でしょうか?

宮下さんの写真。

人事戦略策定に動き出す前から、すでに経営陣が同じベクトルを向いていたことです。これまで当社は「人事を強化しなければ」「人を育成しなくては」と危機感はもっていましたが、具体的な策が見えていませんでした。

しかしマインドは醸成されていたので「では具体的にどうするべきか」という議論からスタートできたんです。プロジェクトオーナーだけが「やりましょう」と言っても、このスピード感では実現できていないと思いますから、経営陣のマインドセットが非常に大切です。

お役立ち資料

JIKKEN MAG 「well-workingの第一歩」

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