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必要なのは多様性だけじゃない。P&Gの「経営戦略としてのE&I」

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“パーパスを実践する企業の挑戦 人手不足時代を乗り越える” をテーマに2日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Agenda #4」。さまざまなゲストをお招きし、「パーパス経営」「DX」についてのセッションを開催しました。

「DXでパーパスを加速・持続可能に」をテーマに行われたDAY2では、「イクオリティ&インクルージョンが組織を変える 〜P&Gの経営戦略としてのE&I〜」と題し、E&Iの社内浸透を促すヒントと具体的な実践例が紹介されました。登壇したのは、P&Gジャパンの市川 薫さんです。

  • 登壇者市川 薫 氏

    P&Gジャパン合同会社 人事統括本部 シニアディレクター

    1997年P&G営業統括本部入社。小売店・卸店営業担当、カテゴリー担当営業企画、店頭販促支援チームリーダーなど多種多様な営業業務に従事。女性リーダーがまだ少なかった営業職での自身の経験や、スイス・ジュネーブ赴任時の多国籍チームでの業務経験も踏まえて、組織内の多様性・インクルージョンを推進しつつ、部下や組織の人材育成にも力を注ぐ。現在は、人事部門にて組織内の人事業務を統括するとともに、経営層によるEquality & Inclusion コミッティの主要メンバーとして社員啓発など、インクルーシブな職場づくりに邁進している。営業に関するスキルや管理職向けの社内研修も担当し、社外に向けた「インクルージョン研修」「アライ研修」の講師も務めている。

  • ファシリテーター各務 茂雄 氏

    株式会社JTB 執行役員 CDXO / iU情報経営イノベーション専門職大学 准教授

    VMware、楽天、Microsoft、AWSなどを経てドワンゴへ移籍。2019年にKADOKAWA Connected代表取締役社長就任。2022年3月に退任後三菱UFJ銀行デジタルサービス企画部、経営企画部 部長としてMUFGのDXを行った後、現在はJTB 執行役員CDXO、GovTech東京 業務理事 CTOとしてDXを推進中。著書は世界一わかりやすいDX入門、日本流DX 他。

理想の組織は「フルーツポンチ」のようなもの

各務さん

さまざまなご経験をされてきた市川さんだからこそ、「絵に描いた餅」ではないダイバーシティやインクルージョンについてお話しいただけると楽しみにしています。

市川さん

P&Gにおいて一番重要な資産は人材です。P&Gは創業以来、全世界共通でこの考え方をもっています。人材を大切にするP&GにおけるE&I(平等な機会とインクルーシブな世界の実現)の考え方には、「多様性」「平等な機会」「インクルージョン」の3つのキーワードがあります。これらを組み合わせることで、多様な人材一人ひとりが最大限の能力を発揮できる組織を築いてきました

組織には価値観やバックグラウンドなどが異なる多様な人材がいます。例えるならリンゴやミカン、バナナ、パイナップルなど、さまざまなフルーツが入ったカゴのような状態です。こうした多様なフルーツ、つまり多様な人材すべてに平等な機会が与えられるのが理想的な組織だと思います。

一方でインクルージョンとは、お互いに受け入れて活かし合うことです。さまざまなフルーツが混ざり合ったフルーツポンチを想像してみてください。ここで大事なのは、フルーツそれぞれのおいしさが残っていることです。ミキサーにかけて「なんだかバナナの味しかしない」という状態は、決してインクルージョンとは言えません。

多様性があるという事実はあくまでもファーストステップであり、そこからいかにE&Iの状態にもっていくかが非常に大切です。

E&Iは「経営戦略」

市川さん

世界180カ国以上で商品やサービスを提供するP&Gでは、E&Iを市場で勝ち続けていくためには欠かせない要素と捉え、経営戦略に位置づけています。多種多様な消費者ニーズを深く理解し、ニーズに応える優れたイノベーションを生み出すには、これまでにない独創的なアイデアが重要になります。

世界中のお得意先さま、消費者の皆さまに支えられて、P&Gのビジネスは堅調に成長しています。その成長を多分に支えてきたのが、E&Iの推進です。E&Iによって次世代のリーダーが育つことはもちろん、生産性に対する社内意識も向上しました。こと会議においても、さまざまな働き方や価値観の参加者がいれば、時間を厳守するのが当たり前です。定刻までに決めるべきことを決められるよう、事前に議題を共有するなどの工夫も浸透しています。

E&Iは商品開発にも影響を与えています。P&Gでは商品開発にあたってさまざまな消費者リサーチを行いますが、あるとき海外から来たメンバーが消費者さまのご自宅にお邪魔してリサーチをする機会がありました。そのメンバーにとって家に上がる際に靴を脱ぐことが非常に新鮮だったことから、「日本の家で一番匂いが気になるのは玄関ではないか」という意見が出ました。この気づきから商品化されたのが、玄関用の消臭剤だったのです。

CMをはじめとしたマーケティングのキャンペーンでも、E&Iの発信を意識しており、多くの消費者の皆さんに商品をお届けする日用品メーカーだからこそできる発信があると考えています。

E&I実現のコツは「文化」「スキル」「制度」

市川さん

1990年代に端を発したE&Iの取り組みは、決して順風満帆に進んだわけではありません。とくに2020年頃は、これからどこを目指し、何をしていったらいいのかがわからない状態にも陥りました。こうした状況を脱するために進めたのが、経営戦略としてE&Iを組織に浸透させることでした。具体的には中期経営計画にE&Iを入れ込み、単なるスローガンではなくアクションプランや数値目標を設定して取り組むべき戦略と位置づけました。トップやリーダー自らがロールモデルとなってE&Iを実践する姿を見せることにも注力し、これによってE&Iが一過性の流行に終わらず、会社の文化として根づいていきました

また、社員を巻き込む仕組みづくりも進めました。たとえば、P&Gではアライコミュニティといって、LGBTQ+当事者の方々が働きやすい安全な環境を作るためのサポーターチームを置いているのですが、そのメンバーは一般公募で集めています。

文化の醸成に加えて、インクルージョンは単なる考え方ではなく、スキルを伴うアクションという考えも、E&Iの取り組みのポイントです。人格者だから、やさしい人だからできるというものではなく、トレーニングをすれば誰でも身につくものなのです。そのためP&Gでは、インクルージョンに関する研修やトレーニングを定期的に実施しています。こうした文化の醸成・スキルの育成をフレックス制度や在宅勤務制度といった制度面からも後押しすることで、E&Iが加速度的に浸透していきました。

個人の能力と成果を最大化させる文化、制度、スキルの関係性を表した図

E&Iの実現を目指すのはCSR(企業の社会的責任)が流行しているからでも、福利厚生のためでもありません。会社のビジネスを成長させるために必要不可欠なことだからです。そのためには一人ひとりの能力と成果を最大化する環境や文化が必要であることは、言うまでもありません。

各務さん

「ビジネスを成長させるためには、E&Iへの意識が必要」。日頃から仕事をするなかで、私も実感していたことでした。しかし、実際に浸透させるには文化の醸成やスキルを向上させる訓練、それを支える制度の整備といった試行錯誤は避けては通れません。すべての企業がE&Iの重要性を認識し、まずは取り組みをはじめることが大切ですね。

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