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SHIONOGIの働き方改革と人的資本の向上について【SmartHR Agenda#2 レポート】

公開日
目次

働き続けたい組織となるために、企業はHRテックをどのように活用しているのか。企業の担当者から直接事例をうかがい、視聴者とともに考えるオンラインイベント「SmartHR Agenda #2 〜HRテック活用事例に学ぶ働き続けたい組織〜」。

Day2クロージングセッションⅡでは、塩野義製薬株式会社 人事部 人的資本戦略室長・河本高歩さんを迎え、「働き方改革や人的資本の向上の取り組み」をテーマに単独公演を行っていただきました。

スピーカー河本 高歩 氏

塩野義製薬株式会社 人事部 人的資本戦略室長 

2002年塩野義製薬(株)に入社、MR(医薬情報担当者)として岐阜県、愛知県で勤務。2014年社内公募制度により人事部へ異動し、労政、人事戦略等を担当。2017年にシオノギ総合サービス(株)へグループ採用責任者として出向。2019年に塩野義製薬(株)へ復帰し労政・制度責任者等を経て、2022年7月より現在の人的資本戦略室長となる。

SHIONOGIの働き方改革と人的資本の向上について

2030年にSHIONOGIが成し遂げたいこと

塩野義製薬株式会社 2030年Vision

(塩野義製薬株式会社 2030年Vision)

塩野義製薬は1878年に創業した製薬会社です。基本方針として「常に人々の健康を守るために必要な最もよい薬を提供する」ということを掲げています。最近ではCOVID‑19の関連でニュースになることもありましたので、耳馴染みがある方もいらっしゃるかもしれません。

経営に関しては、数年単位で打ち出される中期経営計画にしたがって順調な成長を続けており、現在は2030年に向けた「新たなプラットフォームでヘルスケアの未来を創り出す」というビジョンを掲げビジネスを行っています。

2030年Visionを達成するための戦略

(2030年Visionを達成するための戦略)

そのための戦略として掲げているのが「STS2030(Shionogi Transformation Strategy 2030)」です。これは、「2030年に向けてビジネスの変革による新たな成長を描いていく」というものです。これからお話しする人事の取り組みは、この戦略を進めていくための取り組みです。

ビジネスモデル転換によってビジネス領域が拡大

(ビジネスモデル転換によってビジネス領域が拡大)

企業として新たな改革をしていくためには、既存の取り組みではない、新しいものを生みだしていく必要があり、イノベーションを起こしていかなくてはいけません。どのような働き方をして、どのような制度を導入すれば、「働き続けたい組織」となって中期経営計画を達成できるのでしょうか?

人的資本と人事戦略について

下の図は、現在、私が担っている人的資本戦略室の取り組みを図にしたものです。

人的資本戦略室の取り組み

(人的資本戦略室の取り組み)

ポイントとして考えているのは黄色の部分「人的資本価値の向上」「企業価値の向上」です。

中期経営計画を実現していくために人的基盤を構築することが人事戦略であり、そのために取り組んでいることの一つが「人的資本価値の向上」です。

また、近年求められるようになってきたのが「人的資本価値の向上」です。コストとして人件費をとらえ、いかにROE(自己資本利益率)を高めていくか、をこれまで語られることが多かったと思います。しかし、それだけではなく、中長期的な視野から企業価値をどのように高められるのかが注目されています。

そして、社内で「人的資本価値の向上」を進めながら、「企業価値の向上」にどのようにつなげていくのか。この2つの関係をつなげることが、人的資本戦略室の役割と考え取り組んでいます。

人的資本の価値向上の要因

(人的資本の価値向上の要因)

なぜ、人的資本の価値を高めていかなければならないのか? これから持続可能な社会を実現していくためには、「将来に向けて企業は何をしているのか」「本当に目に見えない価値を生みだしているのか」、その開示が求められています。

このなかに「人」が入ってきて、「人的資本」大きな役割になってくると認識しています。「何に企業は投資しているのか」「人に対して、どれだけ投資しているのか」が、投資家から見て、「この企業にかけてみよう」と企業を差別化する要素の1つになってきていると思います。

「人的資本」は、世の中的にも大きな流れになってきて、日本においても人的資本の可視化の指針が出てきています。たとえば、有価証券報告書の人的資本の開示義務など、社会環境の変化に対して、企業も応えています。

塩野義製薬が推進する人的資本経営の内容

(塩野義製薬が推進する人的資本経営の内容)

上の図は、SHIONOGIがどのような人的資本経営を推進しようしているかをまとめたものです。人事上の施策が経営の戦略にどのようにつながっているのか、投資家の皆さんからはどのように見えているのかをつなげて、わかりやすく説明する。そして、共感を生むストーリーを構築していく形で進めていきたいと思っています。

人的資本価値の向上

「人的資本価値の向上」の具体的な取り組み

(「人的資本価値の向上」の具体的な取り組み)

それでは、この数年間の「人的資本価値の向上」の具体的な取り組みについてお話しします。上の図は、SHIONOGIの働き方改革の概要になります。

大きな流れとしては、まず2019年10月に「自己投資支援制度」を導入しました。これはSHIONOGIの働き方改革のなかでも、一番の肝となっている取り組みになります。

「働き続けたい組織」について事前にアンケートを採ったなかでも「自己成長できる会社」「成長を実感できる組織」といったコメントが多かったのですが、この制度がそれにつながるのではないかと考えています。

(1)自己投資支援制度

自己投資支援制度の概要

(自己投資支援制度の概要)

上の図の自己投資支援制度とは、未来予想図(キャリアシート)に「獲得したいスキル・専門知識・資格・能力など」を記入すれば、それが何であっても年間25万円まで会社が支援し、自分の好きな学びができる制度です。

学びの内容はどんなものでもOKとしています。キャリアシートに書いてあれば、基本的に会社が認めることになっています。従業員は本当にSHIONOGIのなかで、「やりたいことができているのか」「学ぶべきことを学べているのか」「成長していくことができているのか」を社員が振り返ったときに、「自己投資」が大きなキーになってくると考えたのです。

「これをやってください」「学んでください」と会社が示すのではなく、従業員が自ら「これをやりたい」と変えることで、それを実現してもらえると考えました。

ノートパソコンの前で話をする塩野義製薬株式会社 人事部 人的資本戦略室長・河本高歩さん

このような制度があっても、利用しない従業員の集まりであれば、会社が成長するのは難しいのではないかとも考えました。「従業員がやりたいことに応えたい」「この制度がきちんと使われるようになれば会社も成長していく」という2つの願いを込めて、このような制度を導入したのです。

制度がうまく活用されるようになれば、「人的資本価値の向上」と「企業価値の向上」両面を実現できると考え、1人あたり年間25万円というかなり大きな予算規模を設けています。

(2)スーパーフレックスタイム制

スーパーフレックスタイム制の概略

(スーパーフレックスタイム制の概略)

2021年4月には、働き方改革を実行していくための勤務制度として、「スーパーフレックスタイム制」を導入しました。スーパーフレックスタイム制は、従来のフレックスタイム制をさらに拡大し、フレキシブルタイムを24時間にしています。コアタイムもなくし、時間単位年休も導入しました。勤務間インターバルを設けて、より柔軟な働き方ができるように変更しています。

(3)在宅勤務制度

在宅勤務制度の概略

(在宅勤務制度の概略)

加えて「在宅勤務制度」も導入しました。SHIONOGIでは業務上の問題いことを前提に、月5日出社すればあとは在宅勤務で構わない制度となっています。

在宅中心の働き方が可能になったので、多くの方が自分のライフスタイルに合わせた働き方ができるようになり、自由度がかなり増してきていると思っています。

(4)所定労働時間の見直し

改正前後の所定労働時間

(改正前後の所定労働時間)

2021年5月から9月にかけて従業員全員へのスマートフォンの配布、座席のフリーアドレス化、オンライン会議が行えるような設備などの導入を進めながら、改革に向けた準備を整えていき、2021年10月に「所定労働時間の見直し」を行いました。

背景としては、裁量労働の考え方を変えていこうという思いがあります。日本では裁量労働といいながらも、ある程度時間を管理することが労務管理上求められています。そのため、時間を管理しなければならないのであれば、きちんと管理できる方法が必要だと考えました。

単純にフレックスに変更しても、裁量がフレックスに変わっただけで、一人ひとりの働き方に変化が起きない。それでは「働き方を変えていこう」というきっかけにはならないと思い、「7時間45分」だった1日の所定労働時間を「7時間」に変更しました。

そうすると、1か月の労働日数を20日と考えると労働時間は140時間になり、従来の1か月155時間の労働時間から15時間の削減を実現できます。

ただ、単純に労働時間を減らしてしまうと、賃金を下げなくてはいけなくなってしまいます。そうならないように、削減する15時間分の賃金を先払いする15時間裁量給を導入しました。

話をしている河本高歩さん

従業員の皆さんに「長く働けば残業代がもらえる」という発想ではなく、「給料が同じなら、効率的に仕事をしたほうがいい」と思っていただきたいと考えたのです。

「効率的に働くことが自分のインセンティブになる」「自分にいいことが起きるんだ」と考えてもらうには、どうしたらいいのかという発想で「15時間裁量給」を導入しました。

自己投資支援制度もあるので、「時間が余ったから勉強に使おう」「新しいことを学んでみよう」など、いろいろな形で15時間を自由に使ってもらえれば、会社全体の生産性が高まっていくはずです。

導入後は、多くの方が「効率的に働こう」と思ってくれたようで、労働時間は減少しています。一方、もともと業務量が多かった方からは「自分には関係ない」という声もありました。必ずしも全員が制度変更を上手く利用できているわけではないのですが、会社全体としては、生産性向上の成果を挙げられたのではないか、と考えています。

(5)選択型週休3日制度

選択型週休3日制度の概要

(選択型週休3日制度の概要)

ほかにも「より学びたい」という方や、「一時的に時間をつくりたい」「働く時間を制限したい」という方など、さまざまな方を対象にして、2021年4月から「選択型週休3日制度」を導入しました。

これは土日に加え、もう1日決めた曜日を休日にできる制度です。給与は従来の80%になってしまいますが、賞与は勤務日数に関わらず成果に応じて支給します。選択型週休3日制度も、休日を1日増やすことによって、何か新しいチャレンジに取り組むことを可能にした制度だと考えています。

また、短縮勤務とも併用可としています。介護や育児などで一時的に業務時間を制限せざるを得ない方などが、2時間の短縮を使って週休3日を取得すると、労働時間をかなり短くして働けます。

これらの制度の利用によって会社を辞めずに済む場合もあるでしょうし、その後また長時間働けるようになったときは、勤務時間や日数を増やすことも可能です。こういったさまざまな選択肢を提供することで大きな成果、会社への貢献につながることを期待しています。

(6)副業ルールの見直し

改定後の副業ルールの目的

(改定後の副業ルールの目的)

2021年4月には、「副業ルールの見直し」も行いました。副業に関しては、人事系の方であれば、悩ましいと思われているのではないでしょうか。従業員がやりたいといっても「自由に副業してください」とは、なかなか言えません。

他社と雇用契約を結ぶと「通算した健康管理をしなければならない」といった決まりがあるので、会社としては「何でもご自由に」とは簡単に言えない事情があります。

そのような環境の中で、SHIONOGIでは、「業務委託や起業など、雇用関係がなく、業務に影響を与えないものであれば、自由に副業をしてよい」というルールに変更しました。外で多くの知識を吸収して、「SHIONOGIに活かしてくれる方が出てきてほしい」「従業員の多様化が進んでほしい」「SHIONOGIで働くことをより面白いと思ってほしい」など、多くの期待を込めて導入した制度です。

今、当社には4,000人くらいの従業員がいるのですが、今のところ100人くらいの方がこの制度を利用しています。ここまで、SHIONOGIの働き方改革として進めてきたことをご紹介させていただきました。

人的資本向上のために

今後の事業戦略

(今後の事業戦略)

SHIONOGIには、HaaS(ヘルスケアサービスとしての価値提供)という経営ビジョンがあり、それに向けてトランスフォーメーションしていくことが、会社全体として目指していく方向性になっています。

人事としては、「人の価値をどのように高めてトランスフォームに必要な人的資本を構築できるのか」「世の中やステークホルダーに、それをどう開示することが企業価値の向上につながっていくのか」の2つに取り組んでいくことで、組織に貢献できる体制になっていけると思っています。

ビジネスにおけるグローバルトレンドとしても、無形資産のなかで、とくに人的資本の価値が高まっています。人的資本価値を可視化するのは難しい面もあります。しかし、自己投資支援制度の利用実績が増えていけばいくほど、従業員が新たなことを学んで、目に見えない価値が高まっていると考えています。

司会者と話しをしている河本高歩さん

また、労働時間が短くなり、会社としてのアウトプットが低下しないのであれば、一人ひとりの生産性が高まっていると考えられます。今までは会社全体で10万時間かけなければできなかったことが、9万時間でできるようになったとすれば、会社の価値も高まっているはずです。このような労働時間の変化も長い目で見ていくと、人的資本価値を計る重要な指標になるのではないかなと思います。

「私も変わらなきゃ」「何か勉強してみよう」と、一度立ち止まって考える人が増えれば、それもひとつの成果です。何より大切なのは、従業員の意識が変わること。「この会社で働くのは面白い」「この会社で勤めてよかった」と思ってもらえるように、今後もさまざまな取り組みを展開していきたいと思っています。

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