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働く人の活力と創造性を高めるためのWell-being経営とは?求められているのは企業の両立支援

公開日
目次

“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。さまざまなゲストをお招きし、経営戦略・組織戦略・人事戦略についてのセッションを開催しました。

「ヒトとの協働」をテーマに行われたDAY3では「Well-beingが実現する活力ある人と組織」と題し、丸井グループと株式会社リクシスが登壇。人事異動や社内プロジェクトへの参画などあらゆる仕組みを10年以上かけて社員による「手挙げ方式」に変え、人事評価制度をこの方式で変えてきた丸井グループと、多くの企業の介護と仕事の両立支援などを実践してきたリクシスから学びます。

  • 登壇者小島 玲子 氏

    株式会社丸井グループ 取締役上席執行役員CWO(Chief Well-being Officer) ウェルビーイング推進部長 専属産業医

    医師、医学博士。大手メーカー専属産業医として約10年間勤務。2011年丸井グループの産業医に着任、同社の健康経営の推進役となる。2014年健康推進部が新設され部長に着任。2021年取締役、2023年より現職。産業医としての上場企業の取締役就任は日本初。

  • 登壇者佐々木 裕子 氏

    株式会社リクシス代表取締役

    東京大学法学部卒。日本銀行を経て、マッキンゼーアンドカンパニーで同社アソシエイトパートナーを務める。マッキンゼー退職後、株式会社チェンジウェーブを立ち上げ、企業の「変革」デザイナーとしての活動を開始。変革実現のサポートや変革リーダー育成、個人や組織、社会変革を担いつつ、複数大手企業のダイバーシティ推進委員会有識者委員にも就任。自身の子育てに加え、愛知県在住の80代両親の介護もはじまり、2016年株式会社リクシスを上場企業で人事担当取締役を務めたのち、介護に関するメディアの運営を始めていた酒井穣氏と共に創業。多様性推進の目的と現実を理解しながら、画期的な両立支援の在り方を定義する。

  • モデレーター副島 智子 氏

    SmartHR人事労務研究所 所長

    20人未満のIT系ベンチャーや数千人規模の製薬会社、外食企業など、さまざまな規模・業種の企業で20年以上の人事労務の経験をもつ。2016年にSmartHRにジョイン。2019年7月「SmartHR 人事労務研究所」を設立し所長に就任。

  • ファシリテーター髙倉 千春 氏

    高倉&Company合同会社共同代表 ロート製薬元取締役(CHRO)

    1983年農林水産省入省。92年に 米ジョージタウン大学MBA取得。 93年からコンサルティング会社にて組織再編、人材開発に関するプロジェクトをリード。 99年よりファイザー人事部担当部長、2006年ノバルティス・ファーマ人材組織部 部長、 14年より味の素理事グローバル人事部長としてグローバル人事制度を構築、展開。20年よりロート製薬取締役、22年同CHROに就任。 22年より日本特殊陶業社外取締役 サステナビリティ委員長。23年より三井住友海上火災保険・野村不動産ホールディングス社外取締役。 将来の経営を見据えた戦略的な人事戦略、人材育成を推進。

価値創造ストーリーのなかで、いかにWell-being経営を定義するか

副島

丸井グループではWell-being実現に向けて、どのような取り組みをされていますか?

小島さん

Well-beingを経営目的にし、企業文化の変革を進めた事例として弊社の取り組みについて紹介します。

私は産業医でありながら、丸井グループのCWO(Chief Well-being Officer/最高Well-being責任者)に就いています。WHOの定義では、Well-beingとは、「健康は病気だけではなく、肉体的にも精神的にも社会的にもすべてが満たされた状態にあること」を指します。1946年のWHO憲章で言及されていて、新しい言葉ではありません。

この定義に沿って「健康」について取り組んできた背景もあり、産業医でありながらCWOを担っています。

小島さん

丸井グループは2021年から5か年の中期経営計画でWell-beingを経営目的にしました。そのときに「将来世代の未来を共につくる」「一人ひとりのしあわせを共につくる」「共創のエコシステムをつくる」という3つのインパクト目標を設定し、財務価値につなげることを社内外に公表しました。

企業ミッションも「すべての人が『しあわせ』を感じられるインクルーシブな社会を共に創る」と、あえて事業領域を限定しないミッションにしています。丸井グループではステークホルダーの重なり合う利益と、幸せの拡大をWell-being経営と定義をしており、社員だけが対象ではないところが特徴です。価値創造ストーリーのなかで、いかにWell-being経営を定義するかが大事なポイントだと考えています。

10年間記録したWell-being指標から見えてきた確かな手応え

小島さん

丸井グループは創業93年になりますが、上意下達の文化が続いていました。それで利益が出る時代はよかったのですが、バブル崩壊後は、15年ほどかけて「手挙げの文化」を浸透させてきました。

たとえば、健康経営(Well-being)推進プロジェクトに参加したい社員を手挙げ式でメンバー募集し、そこからプロジェクトメンバーを選抜しています。メンバーは熱意がある人たちばかりで、倍率5倍の人気のプロジェクトとなっています。女性のWell-beingについてのオンラインセミナーや、Z世代の企業家とのトークセッションをInstagramでライブ配信するなど、さまざまな取り組みを社員を起点に実施しています。

副島

手挙げ文化は興味深い話です。当初は自ら手を挙げることを難しいと考える人も多かったと思います。手上げ文化をどのように浸透させていったのですか。

小島さん

丸井グループでは約15年に渡る企業文化の変革のなかでこの「手挙げ文化」含む8つの施策がありました。その1つ、2017年の人事評価制度の一新が「手挙げ文化」の促進につながったと考えています。

それまでは個人の獲得契約数などが評価軸だった人事評価をチームのパフォーマンス評価と、個人のバリュー評価の2軸に変更しました。バリュー評価は上司とチームメンバー、本人で360度評価を実施します。たとえば「自ら挑戦し、壁を越えて活躍する力」や、「人材育成の姿勢」「経営理念をどのぐらい行動に移しているか」など、自ら手を挙げることを肯定し、互いに尊重することが求められるバリュー評価になっています。

その結果、2012年より集計している全社Well-being指標では、評価制度が刷新された2017年を起点に、「自分の強みを生かしてチャレンジしている」「困難に前向きに取り組むなど、自分が職場で尊重されている」と感じる人の割合が上がりました。こうしたインセンティブ構造も大きく影響したと考えています。

失敗を許容し、失敗から学び、挑戦マインドを高める手挙げ文化

佐々木さん

評価制度の変更が企業文化の変革につながらないことに悩む企業が多いなかで、丸井グループさんが文化の変革を実現されたポイントは何だったのでしょうか。

小島さん

最初はなかなか手を挙げない人も多かったのですが、今では手挙げ率85%になりました。よく262理論と言いますが、6人が2人の手を挙げる姿を見ることで、徐々に手を挙げる人が多くなり、手を挙げない人の残りの2人がマイノリティになるという理論です。社員に手を挙げた理由を尋ねると「勉強したかった」や「経験したかった」と前向きな返答をしますが、実のところ「みんながやるようになった」という理由が大きいと感じています。

一方で、「失敗してもいいから、どんどん挑戦しよう」という文化はまだまだ広げられると感じています。これからは失敗を許容し、失敗から学び、挑戦マインドを高めようと考えています。

具体的には行動KPIとして、打席に立った回数や試行回数を導入し、有価証券報告書にも記載したいと考えているんです。

髙倉さん

私たちは数年前から小島さんとWell-being経営の存り方を討議してきました。丸井グループはWell-beingを経営課題の中心に置いている。つまり事業との結びつけ方を明確にしている点が素晴らしいと感じました。Well-beingを産業医の小島さんが実践することに大きな意味があると思いますし、それが丸井グループの底力だと感じました。

なぜ今、Well-beingを語るのに「ビジネスケアラー」なのか?

副島

丸井グループでは社員のチャレンジマインドを引き出すことでWell-beingを実現しているとのことですが、佐々木さんは、日本社会全体における課題をどのように考えていますか。

佐々木さん

非常に重要なのが、超高齢社会の問題だと思います。育児との両立や女性活躍、若手の登用などは話題になりますが、仕事と介護の両立はほとんど話題になりません。

しかし、日本は世界でも類を見ないほどの超高齢社会です。「なぜ、話題にならないのか」が最初の疑問でした。

データを見てみると、この10年で高齢者と呼ばれる65歳以上の人口の割合が増えています。今や人口の5人に1人が後期高齢者という時代です。ビジネスパーソンもシニア層になりつつあり、日本で雇用される人の半分ぐらいは45歳以上の時代になってきました。高齢の親御さんを抱えている人も多いので、健康寿命を超えた、ケアが必要な方々がご親族にいるビジネスパーソンが増えていくと見ています。

佐々木さん

介護離職10万人という数字をよく耳にしますが、仕事と介護を両立しているビジネスパーソンは320万人もいるそうです。しかし、両立しようとすると3割ほどパフォーマンスが落ちると聞いています。それをすべて掛け算すると、経済インパクトは9.2兆円です。両立の問題を何とか解決しなければ大きな経済損失です。これから働き手の方が少なくなってくるので、国も課題としています。

佐々木さん

もう1つの特徴的なデータとして、女性のビジネスケアラー発生確率の高さがあります。「女性の社会進出が必要」と言われて久しいですが、女性管理職の方が、男性の管理職よりもビジネスケアラーになる確率が2倍。6~7割の方々が「両立は厳しい」と言っています。こうした状況も解消していく必要があります。

介護の問題は、事前の準備が非常に重要です。しかし、なかなか介護について知らない人も多いし、ビジネスケアラーは介護を職場に伝えず、隠してしまうケースも多いんです。言わないから周りにも理解されないし、大きな負担になります。こうした状況に対して、企業は従業員への支援や柔軟なキャリア対応なども必要です。

介護と仕事の両立をしている企業は、社員の実態を把握している

髙倉さん

高齢化やビジネスケアラーは、これまでなかなか見ようとしてこなかった課題かと思います。

また、自身が高齢者へ向かっていく社員に必要なのはなるべく元気でいること。退職してからの人生は長いですから。現職のころから、どうやってひとりの人間としてWell-beingに生きていくか考えることを習慣化する必要があると思っています。

小島さん

女性のWell-being向上や不妊治療、高齢社員をどうするかなど、一見違うようで同じ話だと感じました。

本来はそれぞれ「お互いさま」で、さまざま状況におちいる可能性がある。たとえば自分も明日ケガして入院するかもしれないし、介護で休まなければいけなくなるかもしれない。なのに「個人のことだから」と隠さなければいけない。その構造は同じだと感じました。

副島

個人で抱え込んでしまう状況は、Well-beingとかけ離れているかと思います。どのような対策が必要だと思われますか。

佐々木さん

介護の問題は心理的安全性が非常に低いです。なぜなら育児と違って、自身が介護された経験がないので想像がつかない。介護にはきつい、暗い、しんどいというイメージがあって、「カミングアウトした瞬間にキャリアを奪われてしまうのではないか」、と考える人も多いでしょう。

休暇を取るにしても収入が減ってしまうリスクや、周りの人に理解してもらえない、迷惑をかけるのではないか、という思いからなかなか言えない。

ビジネスパーソンの介護問題におけるリテラシーが低い状況を変えていかなくてはなりません。

副島

育児休業と違って介護休業を取得される方は少ないと思われますが、その原因はなぜだと思いますか。

佐々木さん

介護休業は93日取得できますが、93日職場から離れることに不安があると思います。さらに育児と違って、1年で復帰できる目処が立たないと考える人もいますが、実際は介護保険制度など、さまざまな体制を組める選択肢もあるのでいくらでも復帰はできるのですが、あまり知られていません。

しかし、「介護は家族の責任」と思い、仕事と介護の二者択一の考えになってしまうので、結果的に介護休業が取りにくい。収入は厳しくなる、キャリアも諦めたくないという気持ちも大きいと思います。

副島

そのなかでも、介護と仕事の両立をしている企業の特徴は?

佐々木さん

特徴として3つあると思います。1つ目は、Well-beingを本気でやる場合、トップが「これは経営アジェンダだ」と発信し、当事者だけではなく全社的な問題だと認識させていることです。丸井グループさんもWell-beingを目的にされたときに、トップから経営アジェンダとしてメッセージ発信されたと思います。

2つ目は、社員の実態を把握していること。介護休暇や介護休業を取得しているのか、人事や上司に話しているのか、介護と仕事の両立している企業は社員の実態を把握しています。さらにはこのような問題に対してどう解釈すべきか、理解する必要があります。

3つ目の特徴は、管理職研修をやったり、働き方のモデルも柔軟にしたりして「風土」をつくっていることだと思います。

副島

髙倉さんは、Well-beingと真逆の部分にある介護問題を、どのように捉えますか。

髙倉さん

働く人である前に、一人ひとりの個人である。個人をどのくらい組織のなかで認めるかが大事だと思っています。人間として、生活者としてどうするかがないと、Well-beingは実現しません。介護はあらゆる人にとって問題なので、「生活者としてどうするか」という見方へと変わらなければならないと感じています。

心理的に成長できる子育ては、大変だけど楽しい話になりますが、介護は先が見えず最終的にはお別れがあるとわかっているので、心理的に負担が大きい。みんなの問題だと思うことが大事です。

佐々木さん

ビジネスケアラーは、仕事に対するエンゲージメントが高いです。さらにインクルーシブリーダーの資質の向上も期待できるそうです。

介護をしながら、仕事を続けることで、仕事の意味を再発見されることが多いようで、そうした経験をされた方々こそ、これから活躍していく必要があると思います。介護の問題は個人の話になりがちですが、企業が一緒に課題意識をもって取り組むことで企業価値につながると思います。

働き手という立場を越えて、支援が必要なのか実態を知り、助け合っていく

小島さん

佐々木さんには、弊社もエイジョカレッジでお世話になりました。先ほどの介護問題や多様性ついての考え方を、組織で実装するうえでのポイントを教えてください。

佐々木さん

介護も女性の活躍も、Well-beingもそうだと思いますが、固定概念をどうやって崩せるかが一番大きいと思います。また、働き方のモデルが変わらなくてはなりません。働き方の柔軟性がないことが大きな制約になっていて、多様性を生み出すハードルになっていると思います。さらに、事業を推進していくトップの働き方もキーになると思います。

副島

佐々木さんから小島さんに質問ございますか?

佐々木さん

シニアの活躍という側面でのWell-beingは、これからどうなるのでしょうか。とくに健康寿命を延ばすためには、社会参画するとか、自分が貢献するということも健康に影響を及ぼしますが、バイアス的にジェンダーよりも年齢の方がシニアになればなるほど難しいと感じています。そのあたりをどう感じているか教えてください。

小島さん

日本には年齢が高まってくると、余生のような感覚がありますが、生涯通じて意味を感じられる、働くことで喜び、プロセスとしてのリワードや心理的なリワード、自己選択があります。それをどの年齢の人も得られるようにしていく必要があると思います。

そういう意味では、弊社もまだまだ足りていないところがあります。シニアの人でも健康に生き生き働けるようなセミナーを実施していますが、働く喜びへの貢献度はまだまだです。そこは今後の課題です。

副島

ありがとうございます。では、最後に髙倉さん。このセッションはいかがでしたか。

髙倉さん

今回のお話を伺って、あらためてWell-beingは大事だと思いました。企業側の立ち位置で言うと、新しいものを創造するとか、イノベーションをするときに、生活者である消費者に何を届けるかがポイントになります。超高齢社会を迎えているなか、その実態に向かわないと企業の新しい価値も出にくい時代になっていると思います。

また、少子化で人手不足になっていますが、今後ますます会社で働いている仲間の一人ひとりが大事になってきます。働き手という立場を越えて、その人の生活者としての存り方、支援が必要なのか実態を知り、助け合っていくことが必要だと思いました。

今日はありがとうございました。

“飛翔する企業への変革” をテーマに3日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Next 2023」。経営戦略から組織戦略、人事戦略まで、さまざまな企業の実践を知ることで、変革のヒントが得られます。各講演の模様は、イベントレポートにてお楽しみください。

ウェルビーイング経営を推進するためにまず必要なこととは?

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