「不適切データ問題」からみる3つの教訓。裁量労働制の本質的な議論を


こんにちは、特定社会保険労務士の榊 裕葵です。

皆さんもご存じのとおり、裁量労働制に関する不適切なデータを用いて国会答弁を行い、裁量労働制の適用拡大に向けた法改正を行おうとしたことが大きく話題となり、ひとつの社会問題となっています。

この問題は、私たち1人1人の働き方にも大きく影響してくる話であるので、感情論的な批判に終始するのではなく、何が問題点だったのかを具体的に掘り下げていく必要があると考え、本稿の筆をとりました。

「不適切データ問題」3つの問題点

問題点は、大きくは3点に整理されると考えられます。

(1)調査自体がずさんだった

第1の問題点は、「調査自体がずさん」であったということです。

政府が国会答弁で引用したのは「2013年度労働時間等総合実態調査」という厚生労働省調査の結果ですが、調査に携わった労働基準監督官は、東京新聞の取材に対し次のように回答しています(*1)。

内規で定められた約一時間半の間には、移動や報告書作成の時間も含まれ、調査には数十分しか割けなかった。一日で五社を回らなければならず、「まともに調べられなかった」(中略)「抜き打ち調査のため事前に必要な資料を準備している企業はなく、分布を調べることはできなかった。実際は単に『平均的な人はだれですか?』と尋ねていた」(2018年2月25日 東京新聞朝刊)

場当たり的な調査結果がまことしやかに集計され、根拠のあいまいな数字が独り歩きしてしまっているという印象を私は受けました。

(2)「結論ありき」のデータ選定だった

第2の問題点は、「結論ありき」でデータが選ばられた可能性が高いということです。

「2013年度労働時間等総合実態調査」では、裁量労働制で働く人のほうが、通常の労働者よりも労働時間が短いという統計結果が出たことになっていました。しかしながら、独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が2013年に行った同様の調査では、裁量労働制で働く人のほうが通常の労働者よりも労働時間が長いという、厚生労働省の調査とは逆の結果が出ています(*2)。

「労働政策研究・研修機構」は厚生労働省が所管する独立行政法人であり、労働に関する総合的な調査研究、研修事業等を行なうことを主な業務としている組織です。

実務上、一般的には「労働政策研究・研修機構」の調査結果は、厚生労働省本体が行った調査と同等の信頼性・公共性があると考えられていますので、双方の調査で真逆の結果が出ているならば、両方の調査結果を併記するなり、さらに詳しい調査を行うことが筋です。

しかしながら、政府は「裁量労働制の法案を通したい」という結論がありきだったので、中立的にデータ選定を行わず、政府の主張を裏付けるのに有利な統計結果のみを国会答弁で取り上ようとした可能性が高いと考えられます。

(3)本質的な議論が置き去りになってしまう

第3の問題点は、数字の確からしさの問題ばかりがハイライトされてしまい、裁量労働制の拡大に対する本質的な議論が置き去りになっているということです。

「2013年度労働時間等総合実態調査」では、具体的には、一般労働者の1日の平均労働時間は9時間37分、企画業務型裁量労働制の労働者の1日の平均労働時間は9時間16分であるとされていました。

乱暴な言い方になってしまうかもしれませんが、その差はわずか21分であり、9時間37分であれ、9時間16分であれ、法定労働時間(8時間)から逆算すると、いずれも1日あたりの残業時間は2時間未満で、1ヶ月トータルで考えても厚生労働省が定める過労死ラインは超えませんので、政府が示したデータ自体に対し、ここまで大騒ぎする必要はないのかもしれません。

数字や統計の誤りの追及に力を注ぐよりも、営業職などへ裁量労働制の適用職域を拡大することが本当に正しいのかということや、裁量労働制の場合は「みなし労働時間」と「実労働時間」がかい離して実態がつかみにくくなってしまう恐れがあることなど、裁量労働制のより本質的な論点に対する検証を行うことが必要なはずです。

この点、政府が再調査結果を示すなり、データを撤回して謝罪するなりしたら、その他の、より本質的な論点が置き去りにされ、「政府は誤りを認めて正しいデータを出した。であれば、裁量労働制の法改正をOKしようではないか。」みたいな世論が作られてしまう恐れがあることが懸念されます。

「不適切データ問題」からみる3つの教訓

裁量労働制の適用が拡大されるにしろ、廃案になるにせよ、裁量労働制の問題が正しく認識および議論された上で結論が出されなければなりません。

議論の直接の主体である国会においてはもちろんのこと、私たち国民1人1人が世論を形成していく際も、本稿で指摘をさせて頂いた3つの問題点から導かれる、以下のような教訓を踏まえ、裁量労働制を検討していく必要があると私は思います。

(1)データの「前提条件」を吟味

第1の問題点から得られる教訓は、数字や統計の「前提条件」を吟味するということです。

私たちは、数字の統計やグラフなどを示されると、それが「正しい」とか「事実である」という先入観を持って受け入れがちであると思います。

今後、政府は裁量労働制の何らかの再統計結果を出してくると思いますが、その統計結果の数字を、誰がどのように取りまとめたものなのか、「数字の氏素性」にまで踏み込んだ確認が必要です。

(2)データの「意図」を吟味

第2の問題点から得られる教訓は、数字や統計が提示された「意図」を吟味するということです。

今後の国会における答弁の中でも、様々な数字や統計が示されると思いますが、その数字や統計が本当の意味で客観的・中立的に示されたものなのか、何らかの結論に誘導するために意図的に用意されたものなのか、慎重に判断をする必要があります。

(3)データ以上に大切な「本質」を捉える

第3の問題点から得られる教訓は、数字や統計以上に大切な「本質」を捉え、見落とさないようにするということです。

数字や統計は、あくまでも参考資料のひとつです。裁量労働制を導入することによって、本当に国民が健康で充実した働き方をできるようになるのか、裁量労働制の本質を踏まえた上で、表面的ではない議論をする必要があります。

まとめ

裁量労働制の拡大は、働く人の労働環境に大きな影響を与えますので、国会は、精度の高いデータを用いて、中立・公平な立場から議論を行い、国民が納得のいく結論を導き出してほしいものです。

そして、私たち国民は、そのような議論が行なわれているか、国会中継やマスコミなどを通じて目を通し、自分たち自身でこの議論と向き合う必要があるのではないでしょうか。

【参照】
*1:裁量労働データ「時間取れず ずさんな調査に」 担当監督官が証言 – 東京新聞
*2:裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果 労働者調査結果 – 独立行政法人 労働政策研究・研修機構

特定社会保険労務士 榊 裕葵

東京都立大学法学部卒業後、上場企業の海外事業室、経営企画室に約8年間勤務。独立後、ポライト社会保険労務士法人を設立し、マネージング・パートナーに就任。「社員から信頼される会社作りをサポートする」を経営理念として、顧問先の支援に当たっている。執筆活動にも力を入れており、WEBメディアへの掲載多数。
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