新年、明けましておめでとうございます。特定社会保険労務士の榊 裕葵です。2020年もよろしくお願いいたします。
2020年代のはじまりの年である2020年、人事労務業界は変化の多い1年となることでしょう。
2019年5月にデジタル手続法(デジタルファースト法)が成立したことを受け、2020年はデジタルガバメントに向けて大きな動きがありそうです。
また、働き方改革法に関して、2019年度は中小企業に適用が猶予されていた「時間外労働の罰則付き上限規制」が、2020年4月からは中小企業も適用対象になるなど、常に最新情報をチェックしておく必要があるといえるでしょう。
加えて、いよいよ今年開催となる東京五輪も、都心部を中心に私たちの働き方に少なからず影響を与えると考えられます。
今回の記事では、2018年、2019年に引き続き、2020年にトレンドとなるであろう人事労務関連のキーワードをピックアップしてお届けします。
この記事で分かること
2020年代の人事労務業界の変化を予想
トレンドワードの紹介にうつる前に、2020年という節目の年ですので、今後10年で人事労務業界はこう変化するのではないかと予想をしたいと思います。ポイントは以下の4つです。
1. 国策としてデジタルガバメントが推進され、行政手続はデジタル化およびミニマム化が実現する。
2. 「1」を支える動きとして民間のHRテクノロジーが加速度的に発達し、AIやビッグデータを用いた高度なHRテクノロジーも徐々に実用化されていく。
3. デジタルガバメントやHRテクノロジーの利用によって、バックオフィスの生産性が向上し、人事労務部門で働く人の働き方改革や、人手不足の解消が実現されていく。
4. 人事労務部門で働く人が手続などの事務作業から解放され、ハラスメントの防止や従業員満足度の向上、採用活動の強化など、より付加価値のある業務に注力できるようになる。
2020年は、これら1~4の動きが本格的に始まる、第一歩となる年とも言えるのではないでしょうか。上記を踏まえ、2020年の人事労務トレンドワードを予想してみました。
(1)電子申請義務化
まず、デジタルガバメント関係で押さえておきたいトレンドワードは、「電子申請義務化」です。
義務化の対象となるのは、資本金1億円超の法人(株式会社、合同会社など)に限られますが、2020年4月1日以降に開始する事業年度から、社会保険や雇用保険の主要な手続を電子申請で行わなければなりません(対象となる手続はこちら)。
まだ創業間もないスタートアップ企業であっても、ベンチャーキャピタル等から資金調達をして資本金が1億円を超えている会社もあるため、対応漏れがないようにご注意ください。
また、社会保険労務士に手続をアウトソーシングしている場合であっても電子申請義務化の対象となりますので、委託先の社会保険労務士事務所が電子申請に対応済みかどうかを確認してください。
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(2)GビズID
電子申請義務化と合わせてチェックしたいのが「GビズID(法人共通認証基盤)」です。
GビズIDは、2019年2月に政府がリリースした、1つのID・パスワードで様々な法人向け行政サービスにログインできる新サービスのこと。
これまでは社会保険や労働保険の手続を電子申請で行うためには、認証局に費用を支払って電子証明書(電子署名)を取得する必要がありました。
2020年4月からは、GビズIDを取得していれば、電子申請義務化の対象となる手続の多くを無料で出来るようになります。電子申請義務化の対象となっていない資本金1億円以下の企業も、業務効率化の一環としてGビズIDを利用した電子申請を検討してみる価値はあるのではないでしょうか。
また、2020年9月からは、従来の電子申請の窓口である「e-Gov」にも、GビズIDを利用してログインができるようになる予定。GビズIDによって、e-Gov利用時の利便性も高まりそうです。
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(3)クラウド人事労務などのHRテクノロジー
電子申請義務化対応の一環として、2020年は人事労務にまつわるHRテクノロジーが改めて注目を集めそうです。
e-Govでの電子申請はやはり難易度が高いですし、e-Govの入力画面に従業員情報などを都度手入力するのは業務効率的にも課題があります。GビズIDを使った電子申請に関しても、年金事務所のサイトからプログラムをダウンロードしてCSVを作成するなど、少なからずの手間が発生する仕様になるようです。
そこで解決策として、人事労務情報の収集・保管から手続の電子申請までを、クラウド上で一気通貫で実施できるHRテクノロジーがスポットライトを浴びることになるでしょう。
たとえば、SmartHRのような「クラウド人事労務ソフト」は、入力画面がわかりやすく、人事労務担当者が操作を習得しやすいことも大きな強みです。
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(4)マイナンバーカード
2020年は「マイナンバーカード」の取得者が急増すると予想しています。その理由は、2021年3月からマイナンバーカードを健康保険証として利用できるようになるからです。
現在、就職や転職をすると新しく勤務する会社の健康保険証が発行されるまで、数週間もの時間がかかってしまうのが実態です。保険証の発行待ちの間に病院に行くと、10割負担を求められることもあり、後日還付されるとはいえ、多くの人が不便を強いられています。
この点、健康保険証がマイナンバーカードに統一されると、データの連携だけで被保険者であることが確認できるようになるので、就職や転職直後に病院へ行きやすくなります。
マイナンバーカードを健康保険証として利用するための事前登録は、2020年度中に、マイナポータル経由で申し込みが開始される予定です。
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(5)年末調整の電子化
デジタルガバメント対応の一環として、「年末調整の電子化」も押さえておきたいトレンドワードです。
従来、支払った生命保険料や地震保険料の所得控除を年末調整に反映させるには、保険料控除申告書を勤務先の会社に提出するとともに、支払った保険料の証拠として保険会社から郵送される保険料控除証明書の原本を添える必要がありました。
2020年分の年末調整からは、マイナポータルを活用して、保険料控除証明書等の必要書類のデータを一括取得し、国税庁から配布予定の控除申告書を電子的に作成するためのソフトウェアと連携させることで、各種申告書への自動入力が可能となります。電子的に作成された申告書データは、そのまま会社に提出可能です。
また、前述のようなHRテクノロジーを年末調整で併せて活用すれば、申告書の回収だけでなく、管理者側での提出状況のチェックや未提出者への督促などもクラウド上で完結し、年末調整業務全体の大幅な効率化が期待できます。
(6)時間外労働の罰則付き上限規制(中小企業)
ここからは働き方改革法関係です。2020年4月1日より、いよいよ中小企業にも時間外労働の罰則付き上限規制が適用されるようになります。
大企業は既に、2019年4月1日から時間外労働の罰則付き上限規制が適用されていますが、大企業は中小企業に比べ人材を含めた経営資源に厚みがあることや、多くの会社で人事労務担当者が情報収集をして対応の準備をしていたようで、適用にあたり大きな混乱は見られなかったというのが筆者の実務感覚です。
これに対し、限られた経営資源で業務を回していかなければならない中小企業が、どのように罰則付き上限規制に対応していくのかが注目されます。とはいえ、時間外労働の削減は、気合や根性だけで何とかなるのものではありません。ですから、業務プロセスの見直しや、HRテクノロジーの導入など、業務効率化・生産性向上に向けた対策が必要となります。
社内でどうすれば良いか分からない場合は、コンサルタントなどの専門家に相談をして、社外から知恵やノウハウを借りることも検討の余地があるでしょう。
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(7)同一労働・同一賃金(大企業)
働き方改革法の一環として、「同一労働・同一賃金」が2020年4月より大企業に適用開始となります。
同一労働・同一賃金とは、職務内容や職責が同じであれば、パートタイム労働者・有期雇用労働者と正社員との間で、基本給や各種手当、賞与等の個々の待遇において、不合理な待遇差を設けることが禁止されるというものです。
派遣社員に関しても、派遣先で同種の業務を行っている派遣先従業員と同等の待遇であることが必要とされます。
同一労働・同一賃金の詳細については、こちらの記事も合わせてご参照ください。
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(8)テレワーク・時差Biz
続いて、東京五輪に関係するトレンドワードです。その1つ目として「テレワーク」を挙げさせていただきます。
東京五輪開催期間は、日本中だけでなく、世界中から東京に人が集まり、公共交通機関や道路の大混雑が予想されます。
混雑による都市機能の麻痺を回避するため、また、働く人が過酷な通勤ラッシュにより必要以上に疲弊することを避けるため、都内の企業を中心に、テレワークの積極的な活用が望まれます。
日本テレワーク協会のWEBサイトには、2012年に開催されたロンドン五輪でのテレワーク活用実績が紹介されていました。
2012年のロンドンオリンピックでは、政府の呼びかけでロンドン市内の企業の約8割の企業がテレワークを実施。これにより交通混乱を回避できたという(日本テレワーク協会WEBサイトより引用)。
また、東京都は、通勤ラッシュ回避のために通勤時間をずらす働き方改革として「時差Biz」を推進しています。時差Biz公式サイトでは、具体的な取組事例も紹介されているため、あわせてご参考ください。
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(9)東京五輪と有給休暇
東京五輪の開催期間は、観戦を希望する従業員からの有給休暇の申請が集中することが予想されます。有給休暇は従業員の権利ですので、原則として会社は取得を拒むことはできません。
ただし、事業の正常な運営を妨げる場合には、会社は時季変更権を行使可能です。理論上は、多数の従業員から有給休暇の申請があった場合、
- 先着順
- 部署ごとに取得できる人数の上限を決める
など、何らかの基準を設けた調整が可能ということです。
しかし、一生に一度かもしれない東京五輪で、せっかくチケットが当たったのに、有給休暇を申請して時季変更権を行使されたとすると、会社と従業員の間には大きなしこりが残ってしまうのは不可避です。
ですから、よほどのことが無い限り、実務上の対応としては、従業員の希望に沿って有給休暇の取得を認めることが現実的でしょう。
直前になっての混乱を避けるため、早いうちから従業員の有給取得日の希望を確認したり、場合によっては、開会式の日などを有給休暇の計画付与日として、全社的な休業日にしたりする対応も考えられるかもしれません。
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(10)ハラスメントの防止
最後のトレンドワードとして、「ハラスメントの防止」を掲げさせていただきます。
2019年5月29日に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立しました。
この法改正には、
- 企業がパワハラを防止する措置を講ずることの義務化
- セクハラ等の防止対策の強化
- 一般事業主行動計画の策定義務の拡大等の女性活躍の推進施策
などが含まれます。
上記の法改正において最も注目すべきは、日本で初めて、企業に対してパワハラ防止措置を講じることを法的義務化したことです。
このパワハラ防止措置の義務化は、2020年6月(中小企業は2022年3月31日までは努力義務)から開始となりますので、2020年はパワハラ防止体制を社内にしっかりと構築していくことが必要になるでしょう。
もちろん、法的義務化されたからだけでなく、これから人手不足はどんどん進んでいきますので、離職防止や採用強化、従業員モチベーションの維持向上といった観点からも、パワハラをはじめとした各種ハラスメント防止は、重要な経営テーマの1つとなるでしょう。
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まとめ
以上、社会保険労務士としての立場から私なりに予想した「2020年注目の人事労務トレンドワード」を10選でご紹介しました。
今年は、やはり、デジタルガバメントに関連するトレンドワードが多くなりました。
東京五輪対応は今年に限ったテーマですが、デジタルガバメントは一時的なブームではなく、行政が「紙文化」から「IT文化」へと脱皮する、まさにパラダイムシフトと言っても過言ではない社会構造の変化ですので、10年先を見据えていく必要があるでしょう。
皆様の会社における2020年の人事労務戦略や情報収集のヒントとして、少しでもご活用いただければ幸いです。
【編集部より】働き方改革関連法 必見コラム特集
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- 「時間外労働の罰則付き上限規制」の注意事項
- 36協定や特別条項は見直すべきか
- 「年次有給休暇管理簿」の作成・保存義務とは?