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なぜ私たちは学び続ける必要があるのか? 「リスキリング」という言葉に惑わされないために【WORKandFES2022 レポート】

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目次

2022年12月21日、“働く”の未来を考える「WORK and FES」が開催されました。3回目となる2022年のテーマは「TRUST(信頼)」。パーパスからD&I、リスキリング、チームビルディング、サスティナビリティまで、昨今の“働く”を象徴するさまざまなテーマを通して、企業や人をめぐる“信頼”の在り方をあらためて考えます。

本記事では、2022年の新語・流行語大賞にノミネートされるなど、にわかにトレンド化している「リスキリング(学び直し)」についてのビジネスカンファレンスを紹介します。個人は学びとどう向き合い、企業は学びをどう提供すればいいのでしょうか。学びの実践者たちの見解を伺いました。

  • スピーカー吉野 桜子氏

    キリンホールディングス株式会社 ヘルスサイエンス事業本部 ヘルスサイエンス事業部企画グループ 主務

    2006年キリンビール株式会社入社。入社2年目からマーケティング部にて新商品開発に携わる。20代の終わりに手製の紙芝居で当時のキリンビール社長に直談判しスプリングバレーブルワリー株式会社と直営店を立ち上げた。2021年同ブランドの家庭用市場展開を開始後、キリングループ全体の価値創造、特にヘルスサイエンス事業に携わりたいと自ら手を上げ、2021年10月からキリンホールディングス株式会社経営企画部、2022年4月からヘルスサイエンス事業部にて経営企画に携わる。

  • スピーカー岡部 大介氏

    東京都市大学 メディア情報学部 教授

    東京都市大学メディア情報学部社会メディア学科教授。横浜国立大学教育学研究科助手、慶應義塾大学政策・メディア研究科講師(特別研究教員)を経て、2009年4月東京都市大学環境情報学部情報メディア学科専任講師、2012年4月より同准教授、2013年4月より現職。著書に『ファンカルチャーのデザイン:彼女らはいかに学び、創り、「推す」のか』(共立出版)、『デザインド・リアリティ:集合的達成の心理学』(北樹出版)、『オタク的想像力のリミット』(筑摩書房)など。

  • モデレーター稲垣 佑馬

    株式会社SmartHR マーケティンググループ

    大学卒業後、イベント制作会社にて官公庁や新聞社のカンファレンスなどオフラインイベント企画運営に従事。その後、マーケティング支援を主軸にした企業に入社し、営業のマネージャーとして、外資系企業やスタートアップ企業を中心にその商品・サービスの価値創造を行い、オフライン・オンライン問わず多様なマーケティング戦略立案・企画制作の経験を積む。2022年よりSmartHRに参画、SmartHRの価値発信に携わる。

遊びから学ぶ共愉的発想

稲垣

「なぜ私たちは学び続ける必要があるのか? 『リスキリング』という言葉に惑わされないために」のセッションを始めていきたいと思います。

私たちは、リスキリングを「働く人が新しいことを学び、新しいスキルを身につけ、新しい業務や職業に就くというかたち」と定義しました。リスキリング自体は、今年の流行語大賞にもノミネートされており話題になっています。

しかし、その解釈は断片的で、「企業や個人がどう向き合うのか」までは語られていません。セッションでは新規事業の立ち上げ事例と遊びの事例をもとに、学びのヒントをあぶり出しました。

まずは、「人に新たな知識が身につくとき」というテーマで進めます。キリンビールで新規事業「SPRING VALLEY BREWERY(スプリングバレー・ブルワリー)」を立ち上げられた吉野さんから、お話しいただけますか?

吉野さん

「SPRING VALLEY BREWERY」は、「お客さまに体験してもらいビールのことをもっと知ってほしい」「お客さまも楽しみながら学ぶ場を作りたい」という想いから事業を立ち上げました。

きっかけは、飲み会の雑談です。社内の熱狂的なビール好きと交流を持ち、一緒にジョッキを傾けるなかで「ビールはもっと素晴らしい飲み物なのに、なぜ伝えられていないのか」「ビールは取りあえずの場つなぎで飲むものではない」と熱く語るうちに、「自分たちがビールを面白くしなければいけない」「私たちでクラフトビールを造ろう」という流れになりました。

「新規事業を始める」といっても、当時の私は開発一筋で、経営の知識はありませんでした。しかし、情熱だけは人一倍で、「ビールで面白いことをやりましょう!」と社長に提案しました。そして、事業開始と同時に本を読んだり、人に話を聞いたりなど、学びながらビジネスプランを練りました。

稲垣

続いて、岡部さんの研究テーマ「遊びと学び」についてお願いします。

岡部さん

私は「衝動が先に来る学び」を研究しています。研究室に出入りする学生の趣味を例にお話ししましょう。昔ならオタクと呼ばれる趣味的な活動、特に研究室で多いのはコスプレイヤーと同人誌ですが、何をすれば世間に認められるのか、どこがゴールなのかわからないながら、活動することで道を切り開いているように見えてなりません。

「コンビビアリティ」、日本語に訳すと「自立共生」や「共愉」といいますが、吉野さんの「ビールで面白いことをやりましょう」はそれに当てはまります。一般的な事業の立ち上げと順番が逆で、スタートしてから必要なことを学ぶのは共愉的な発想なので、2つに接点があるのではないかと思いました。

岡部さん

ビール会社でも、熱狂的なビールファンは少数なのですか?

吉野さん

ワインや日本酒と違い、ビールはカジュアルなお酒です。10年前はビール会社の人間でさえ、極めようという発想はありませんでした。しかし、クラフトビールの広まりによって、キリンビール社員もクラフトビールについて語れるようになりました。それも、必要に迫られて学んだ結果かもしれません。

岡部さん

リスキリングを意図することは難しいですが、雑談の場や飲み会の場をセッティングすることで学びの場になるのですね。

吉野さん

何かのために学ぶ意識がなくても、結果的に意味を持つことになるのは面白いです。「SPRING VALLEY BREWERY」はレストランをオープンしているので、食材にも興味が出てきました。

自宅の食材もグレードアップしたくなり、農家さんと仲良くなるうちにコラボレーションが決まることもあります。「地域支援の取り組み」などといわれますが、発端は“楽しい”からのスタートです。

稲垣

岡部さんの著書でいうところの「プレイフルラーニング」ですね。次のトークテーマでお考えをお聞かせください。

岡部さん

プレイフルは同志社女子大学の上田信行先生の言葉で、“学び”と“遊び”を一体化させたものです。学ぶ目的で遊ぶのではなく、真剣な学びあり遊びありで、方法と結果が一体化するイメージがプレイフルラーニングに込められていると思います。

先ほどの食材に凝り始めるとか、農家と仲良くなるというのは、プレイフルそのものです。それが収益につながるかといわれると、ご本人も「そういうことじゃなくて」というような感じになると思います。人事評価はかなり難しいですね。

吉野さん

「それは仕事なのか?」と、よく言われていました。そのため、「自分の関心をどのように収益につなげるか」を考えるプロセスが多かったです。クラフトビールでも思いがけないところにプレーヤーがいるとか、その人を巻き込んで事業が大きく発展することがあったので、「仕事だよ」と言い訳をしていました。

岡部さん

新たな人事評価指標ができそうで素晴らしいですね。

リスキリングを利益につなげるためのしくみ

稲垣

次のテーマに移ります。直線的に利益につながりにくいリスキリングを、企業側はどのように拡張していけばよいのでしょうか?

岡部さん

企業からお声がけいただくときは、研究室の学生と一緒に何かをなすことを目当てにされることが多いです。リフレクションのときに、学生がポロっと言ったことに感動される場合もあるようです。

たとえば、AをやったらAダッシュの結果がついてくる。こうした発想がリスキリング的なのかと思いました。

2022年に奥村高明先生(日本体育大学)、有元典文先生(横浜国立大学)、阿部慶賀先生(和光大学)が「縁起律」と「因果律」という概念から学習を説明しています。もともとは仏教用語で、因果律は、「何かの結果につながるときは、直接的な要因が効いている」という発想です。

もしかしたら、今日のクラフトビールに至る発想も、食材に凝り始めて農家とつながったことも、「因果律」ではなく「縁起律」でなければ説明がつかないかもしれません。企業にもそうした発想があるのかわかりませんが、偶発的な出会いや関係構築のなかで、コラボレーションを求めていると感じています。

稲垣

吉野さんは、企業が学ぶ機会を作ったうえで、個人でも自発的に内発的や外発的に行動するべきだと思いますか?

吉野さん

働く時間が厳しい目で見られ、残業も認められなくなりました。遊びのなかから学ぶことは仕事の線引きが難しいですね。ビールなんて楽しい仕事をしていると、まさにそうです。

岡部さん

 私は「正統的周辺参加」という理論をよりどころにしています。吉野さんに当てはめていうと、ビールのことを業務として考えることは業務として「正統性」がありつつ、ビジネスにつながるかわからないアマチュアな発想やつながりも維持している状態が「周辺性」です。その2つが、仕事上の学習として重要だと考えます。

ファンカルチャー的には、正統的周辺参加が当てはまります。カルチャーに参加するために同人誌などを書くアマチュア的な発想がナチュラルにできて、なおかつ、仕事の場で活かされたのが吉野さんの事例だと思います。アマチュア感覚を捨て去らないまま、なぜプロとしてデザインできたのか。その理由が不思議でなりません。

吉野さん

クラフトビールで会社を動かすフェーズにおいて、どうすればみんなに楽しみながら参加してもらえるかを考えました。「クラフトビールのおすすめのお店はここです」「さまざまなビールを味わえます」と教えると、プライベートでも飲みに行くようになり、次第にビールに詳しくなる。しかし、それは仕事の時間ではない。まさに周辺参加です。

岡部さん

周辺のままではなく、仕事にも転用しているのはすごいことです。プロフェッショナルになると安定した世界にいたほうが楽なので、次のことを学ぼうという気になりません。しかし、吉野さんの事例は常に周辺に身を置いている。とてもうらやましい。

過剰に期待しないことが豊かな学びにつながる

稲垣

吉野さんのお話から、新規事業では自由や内発的要因で動いていると感じました。外から企業側で設定する方法もあれば、吉野さんのように内発的に自由に動いて学ぶ方法がありますが、岡部さんは、どちらが長続きしたり、次につながったりすると思いますか?

岡部さん

社内研修は外発的で、あらかじめ目的が定められていると思います。しかし、研修を提供する側も過剰に期待しないことが、豊かな学びになるかもしれません。内発的についても、結果的に何かにつながるかもしれないし、つながらないかもしれない。そういう気持ちで現場に臨むことは必要でしょう。

吉野さん

さまざまな学びを人に聞いたり、本を読んだりすることも必要ですが、社内研修には助けられています。ビジネスプランがわからないとき、詳しく教えてくれる研修に参加したことを思い出しました。

稲垣

最後に一言ずつ、本日のセッションについて感想を伺います。

吉野さん

ありがとうございました。私自身もすごく楽しんでいましたが、興味深かったです。自分自身も周りの人をどうしていこうかで悩む部分もあったので、すごくいい機会をいただいたと思いました。

岡部さん

今日の話をまとめると、「共同体」だと思います。リスキリングを個人から取り出す発想があふれていて、ワクワクするプレイフルな会でした。ありがとうございました。

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