【番外編】SmartHRの「雇用契約機能」が法的に安心して活用できるワケ 〜電子契約の証拠力は?〜

2020.06.22 ライター:上原慧

こんにちは、株式会社SmartHRで法務を担当する弁護士の上原です。

前回の、電子契約の有効性に関する記事をお読みになられた方の中には、「ごく稀にではあるものの訴訟において雇用契約の成立が争われることはありうる。万が一そういった事態になった場合は電子契約ではやはり紙の契約と比べて不利になるかも……?」という不安があるかもしれません。

しかし、結論から申し上げると大丈夫です! 本稿ではその理由を解説します。

前回に比べて、専門的な内容となりますがご了承ください。

【番外編】SmartHRの「雇用契約機能」が法的に安心して活用できるワケ 〜電子契約の証拠力は?〜

訴訟での証拠力とは?

訴訟において文書から特定の事実を証明するためには、その文書に「形式的証拠力」と「実質的証拠力」が備わっていることが必要です。

「形式的証拠力」とは、作成者の意思に基づいて文書が作成されたことをいい、これが認められることを「文書が真正に成立した」といいます。

例えば、他人のなりすましにより作成された文書(本人が全く関与していない文書)を根拠にして、そこから事実認定を行うわけにはいかないため、文書についてはまずこの形式的証拠力の有無が問題となります。

「実質的証拠力」とは、(形式的証拠力があることを前提として、)文書の記載内容が、争点となっている事実の証明のためにどれだけ役に立つかをいいます。

なお、実質的証拠力は文書の中身の問題であるため、契約方式が紙か電子かで違いは生じないと考えられます。

本稿では、紙と電子で異なるところのない「実質的証拠力」の説明は割愛し、以下、両者の間で違いがある「形式的証拠力」に絞ってご説明します。

(1)紙の契約書の形式的証拠力

紙の契約書で締結した契約の場合、契約書の真正な成立が争われたときには、それを証明する方法として以下の2種類の方法が存在します。

  1. 民事訴訟法第228条第4項の推定を利用する方法
  2. 契約締結に関する個別事情を利用する方法

1. 民事訴訟法第228条第4項の推定を利用する方法

民事訴訟法第228条第4項は、本人又は代理人の意思に基づいて署名又は押印がなされた場合に、その事実から文書(雇用契約書)が真正に成立したことを推定する規定です。

また、判例上、文書に本人又は代理人の印章による印影が存在する場合には、反証がない限り、その印章の所持者の意思に基づいた押印がなされたものと事実上推定するのが相当とされています。そのため、その事実上の推定(一段目の推定)と民事訴訟法第228条第4項による推定(二段目の推定)の結果として、本人または代理人の印章の印影の存在から文書の真正な成立を推定可能です。

このいわゆる二段の推定があることによって、民事訴訟法第228条第4項は実務上非常に有用な規定となっています。

2. その他の個別事情を利用する方法

しかしながら、民事訴訟法第228条第4項やいわゆる二段の推定は、文書の成立の真正を証明するために必要不可欠なものではありません。

すなわち、それらを利用せずとも、契約をとりまく個別の事情を主張・立証することによって、文書が真正に成立したことを証明することは十分に可能です。

このことは、2020年6月19日に内閣府・法務省・経済産業省から出されたQ&Aにおいても、以下のとおり認められています。

押印による民訴法第228条第4項の推定が及ばない場合でも、文書の成立の真正は、本人による押印の有無のみで判断されるものではなく、文書の成立経緯を裏付ける資料など、証拠全般に照らし、裁判所の自由心証により判断される。他の方法によっても文書の真正な成立を立証することは可能であり(問6参照)、本人による押印がなければ立証できないものではない。

内閣府、法務省、経済産業省「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日) 問3より抜粋

では次に、電子契約の場合はどうでしょうか。

(2)電子契約の形式的証拠力

電子契約について記録の成立の真正が争われた場合も、それを証明する方法として以下の2種類が存在します。

  1. 電子署名法第3条の推定を利用する方法
  2. 契約締結に関する個別事情を利用する方法

1. 電子署名法第3条の推定を利用する方法

電子署名法第3条は、「電子署名」を利用して締結された電子契約について、契約当事者である本人だけがその電子署名ができたといえる場合には、その真正な成立を推定する規定です。

従前は、電子署名法が契約当事者本人による電子署名を要件としていることから、現在我が国で広く提供されている、民間事業者が電子署名を行うタイプ(いわゆる立会人型の電子署名)の電子契約サービスでは、同法第3条の要件を充足することが難しいのではないかと考えられていました。

しかし、2020年7月17日に法務省・総務省・経済産業省の連名で公表されたQ&Aにおいて、以下のように、いわゆる立会人型の電子署名についても電子署名法第2条の「電子署名」に該当しうるとの見解が示されました。

サービス提供事業者に対して電子文書の送信を行った利用者やその日時等の情報を付随情報として確認することができるものになっているなど、当該電子文書に付された当該情報を含めての全体を1つの措置と捉え直すことよって、電子文書について行われた当該措置が利用者の意思に基づいていることが明らかになる場 合には,これらを全体として1つの措置と捉え直すことによ り、「当該措置を行った者(=当該利用者)の作成に係るもの であることを示すためのものであること」という要件(電子署 名法第2条第1項第1号)を満たすことになるものと考えられる。

法務省・総務省・経済産業省による2020年7月17日付「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により 暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」より抜粋

上記Q&Aでは、さらに進んで “立会人型の電子署名サービスによって電子署名法第3条の推定効を得ることができるか” までの言及はありませんでしたが、上記Q&Aの内容を踏まえると、推定効が認められる余地もあるように思われます。

したがって、雇用契約機能についても、電子署名法を利用して文書の形式的証拠力の推定を受けれられる可能性はありますが、現時点においては上記Q&Aの内容以上の断言は難しい状況です。

では、仮に電子署名法第3条の推定効が得られない場合は、電子文書について成立の真正は認められないのでしょうか。

もちろん、そんなことはありません。

ご安心ください。以下のとおり、契約をとりまく個別の事情によっての証明も可能です。

2. その他の個別事情を利用する方法

(i) 電子署名法第3条を利用しない証明も可能

仮に電子署名法第3条を利用した証明が困難な場合でも、契約をとりまく個別の事情を立証することによって、記録の真正な成立を証明可能です。

この点については、上記で挙げた法務省・総務省・経済産業省の回答でも、肯定的な見解が示されています。

電子署名法第三条の推定効が働かない場合であっても、個別の事情に照らして電磁的記録の真正な成立を裁判所が認定することは可能である。

(中略)

契約当事者(利用者)間で電磁的記録(契約書)の成否に争いが生じた場合においては、電子契約事業者に対する利用者の指示の内容や、当該指示に基づき電子契約事業者において当該電磁的記録に電子署名が行われた状況等の個別の事情を立証することによって、当該電磁的記録が真正に成立したものであることを証明し得ると認識している。

規制改革推進会議 第10回 成長戦略ワーキング・グループ (令和2年5月12日開催) 資料1-2「論点に対する回答(法務省、総務省、経済産業省提出資料)」より抜粋

また、上記で挙げた内閣府・法務省・経済産業省によるQ&Aにおいても、以下のように、電子的な証跡を利用した証明が可能である旨の見解が示されています。

文書の成立の真正を証明する手段を確保するために、どのようなものが考えられるか。

・次のような様々な立証手段を確保しておき、それを利用することが考えられる。

(中略)

③ 電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログイン ID・ 日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)

内閣府、法務省、経済産業省「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日) 問6 より抜粋

これを踏まえて、SmartHRの雇用契約機能の場合は、どのような事情から記録の真正な成立を証明するかについてご説明します。

(ii) SmartHRの雇用契約機能の場合、どのような個別事情から成立の真正を立証するか

雇用契約機能では、以下の流れで契約締結がなされます。

  • まず従業員様本人が会社に対してご本人のメールアドレスを申告
  • 次に会社からそのご本人のメールアドレス宛に契約の案内メールを送付
  • 従業員様がその案内メールに記載されたURLからクラウド上の契約書にアクセスし、クラウド上でその契約について合意する

これを踏まえると、雇用契約機能の場合は、以下のような個別の事情によって、記録の真正な成立の証明が可能と考えます。

  1. 従業員様本人から申告のあったメールアドレス宛てに案内メールが届き、そこから契約手続きが開始されること
  2. 当該メールアドレスのアカウントにログインするためにはID・パスワードが必要であることから、従業員様本人以外は基本的に当該メールアカウントにログインできないこと
  3. 契約締結のためにSmartHRにアクセスする際にも、まず従業員様のSmartHRアカウントへのログインが必要であるため、従業員様本人が設定したアカウントIDとパスワードを知らなければ契約書までアクセスできないこと
  4. 契約に合意する行為を行った者のIPアドレスが記録されていること(一定の場合にはそのIPアドレスから個人を特定可能であること)
  5. 雇用契約の締結後に実際にその条件に基づいて就労が開始され、給与等の支払いも行われているため、契約の両当事者が雇用契約の内容を追認していると評価できること
  6. SmartHR上でも、締結済みの雇用契約書は、締結後もずっと個人のダッシュボード上に保存されていつでも確認可能であり、他人のなりすましによる締結があれば気づける状況にあるため、契約の両当事者が雇用契約書の作成と内容を追認していると評価できること

もちろんこれら以外にも、具体的な事案の性質やサービス利用態様に応じて利用できる個別事情はありえますが、一般的な例としてぜひご参考にしていただければと思います。

まとめ

最後に、本稿の要点をまとめると以下のとおりです。

まとめ
  • 訴訟における証拠力に関して、紙の契約と電子契約とで異なる点は、形式的証拠力(契約書の真正な成立)である。
  • いわゆる立会人型の電子署名サービスの場合でも、紙の契約のように形式的証拠力の推定を得られる可能性があるが(電子署名法3条)、現時点ではまだ断定は難しい。
  • しかし、推定効の条文を利用しなくても、契約をとりまく個別事情によって契約書の成立な真正を証明することは十分可能であり、SmartHRの雇用契約機能を利用した場合も、多くの有効な個別事情を立証に用いることができる。

以上のように、特に雇用契約の場合には、電子で契約を締結することによる大きな不利はないと考えます。

したがいまして、皆さまにおかれましても、安心してSmartHRの雇用契約機能をご利用いただけますと幸いです!


【更新履歴】
・2020年7月17日に総務省・法務省・経済産業省より発表された「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により 暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」の内容を踏まえ、本稿の内容を一部更新しました(2020年7月20日)

上原慧

株式会社SmartHR 経営推進グループ法務ユニット。弁護士として一部上場企業から中小企業にわたって多様な企業法務業務を経験した後、2人目の弁護士としてSmartHRへジョイン。
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