【経済産業省 伊藤参事官 × SmartHR 宮田】そもそも何故HRテクノロジーが必要なのか?

2017.11.01 ライター: 藤田 隼

現在最も注目を浴びる産業分野のひとつが、企業の人事戦略そしてイノベーションを大きく左右する「HRテクノロジー(Human Resource Technology)」。

最近では、経済産業省・IoT推進ラボにより、産学官でHRテクノロジーの今後を切り拓くべく「HR-Solution Contest ―働き方改革×テクノロジー―」が開催されるなど、注目されつつあります。

そんな中我々は、働き方とどう向き合い、どのようにHRテクノロジーを活用することが求められるのでしょうか?

そこで、株式会社SmartHR 代表・宮田とともに、経済産業省参事官 伊藤禎則さんをお訪ねし、産学官の観点からHRテクノロジー普及へのヒントを探るべく、対談させて頂きました!

前編となる今回は、そもそもなぜHRテクノロジーが必要とされているのかを紐解くべく、その背景に迫ります。

なぜイマ働き方改革なのか?

藤田:まず、おふたりにHRテクノロジーについて意見を交わして頂く前に、伊藤参事官に、今回の前提となる「なぜイマ働き方改革が推進されているのか?」についてお伺いしたいです。

伊藤氏:「働き方改革」のキーワードは2つあると思っています。まず1つは「選択肢」ですね。働き手にとっての選択肢を拡大しなければいけない。長い労働時間が前提となった、ある種画一的な働き方の中で、出産や育児、介護などの面で特に大きな問題を抱えています。テレワーク、フリーランス、限定正社員、副業・複業など、働くニーズに応じた「多様で柔軟な働き方」に注目が集まっています。

一方、働き手の選択肢が広がるからこその責任もあります。2点目のキーワードとしては、それぞれの立場に応じて「プロフェッショナルであること」だと思っています。簡単に言うと、働きながらいかに自分のスキルを研鑽するか。特にこの「人生100年時代」に、我々は「働き方改革 第2章」と言っていますが、その中心的なテーマが、人材育成や教育が挙げられます。2017年9月からは、私も大臣のお供で出席していますが、「人生100年時代構想会議」が官邸で展開されています。これからは、小学校から大学・大学院に至るまでの学習期間を経て「学び」は終わり、その先は社会人として働く、という画一的なタイムラインではなくなります。

宮田:働きながらも学び、学びながらも働いていく、ということで、境目がなくなっていくということでしょうか?

伊藤氏:はい、様々な経験をしながら、自分の「手札」を増やしていく。これからの時代で起きる社会的な変化に対して、どう乗り越えていくかということがプロフェッショナルには求められます。これは、企業の側から見ると大変なことです。選択肢がそれだけ増えてしまうと、雇用形態はもちろん、働く人の属性であったり、職場が文字通り多様化していきますよね。

人事部がそれらを包括的に管理するのって、やはり一筋縄ではいかない。ましてや「人生100年時代」に人材の流動化が当たり前になると、人材投資がやはり難しくなっていく。でも、流動化の時代だからこそリテンションが不可欠で、人事部門が大事になってくる。やっぱり、これからの企業競争力の源泉は「人材」になってくるはずです。

藤田:今まさに推進されている「人生100年構想会議」や「人づくり革命」のメインテーマですね。

伊藤氏:いま「働き方改革」というと、「労働時間」の問題にフォーカスされてしまっている印象もありますが、労働時間削減自体が目的なのではなくて、着目すべきは「生産性」だと思います。結局、働き方改革の最大の「落とし穴」は、「働く人と企業の利害がトレードオフになってしまうこと」です。たとえば、従業員が頑張って働いて残業を減らしても、受け取る給料が減ってしまうと。

そこで「生産性」をどう評価するかがキーになってきます。生産性は、「アウトプット÷インプット」なので、もちろんアウトプットを増やすのも大事なんですけども、一方でインプットを削減する。つまり「不要なことをやらない」というのも同時に大切になります。企業としても国全体としても、今のリソースを棚卸しして、生産性の低い部門から高い部門へとリソースを再分配する。得意な人がやるということがすごく大事です。なので、その事業から因数分解して仕事やタスクをどのように定義しリソースを再分配していくか。それが、この働き方改革のひとつの成功の鍵だと思います。

経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤 禎則さん。1994年東京大学法学部卒、入省。コロンビア大学ロースクール修士、米国NY州弁護士。大臣秘書官等を経て、2015年より現職。経産省の人材政策の責任者。「働き方改革実行計画」の策定に関わる。副業・フリーランス・テレワークなどの多様な働き方環境整備、AIによる雇用への影響把握、「経営リーダー人材育成指針」等も手がける。

人材だけでなくAIも含めたリソース分配が求められる

藤田:最適なリソース分配という点に関しまして、アクセンチュアさんのレポート(*1)などでも言われていますが、これからの時代においては「HR(Human Resources)だけじゃなくて、AIも含めて考えなければいけない」とされ、「HAIR(Human AI Resources)」という呼称もあり、人事界隈でも注目されています。そうすると、人がタスクを担うということ自体はあくまで選択肢のひとつでしかなく、AIやツールもリソースの一部として含めて考え、「HAIR」の観点からいかに最適化できるかというのが大事なのかなと感じたのですが、そのような認識で相違ないでしょうか?

伊藤氏:まさにその通りだと思います。実は、私が、元々この「HRテクノロジー」に関心を持ったのは、そもそもの「テクノロジー」への興味から入っていて、経済産業省では「産業構造審議会」で2年間にわたり「第四次産業革命の光と影」についてずっと研究してきたんです。

ドイツでいうところの「インダストリー4.0」からこの流れが生まれたわけですが、アメリカ勢が圧倒的にリードしている現状があります。特に、いわゆるサイバー空間のデータ領域では、GoogleやAmazonなどの企業がプラットフォーマーとしてやはり抜きん出ています。今から日本企業がそれらの企業に対抗するというのは現実的ではないでしょう。

日本に存在するリアルなビッグデータを、AIとどう掛け合わせるかがカギ

伊藤氏:しかし、日本には日本の強さがあります。例えば、2年間研究してきて感じたこととして「リアルなデータ」、例えば介護保険制度の基で、日本の9割方の介護士さんは本当に真面目に丁寧に、介護について大半を手書きで記録をとっているんですよね、

宮田:手書きですか! そして9割も……。

伊藤氏:そうなんです、第四次産業革命において日本が頭角を現していくひとつの鍵は、このリアルなビッグデータを、AIとどうかけあわせ、活用していくか、だと思っています。

宮田:AI×ビッグデータはまさに第四次産業革命の軸のひとつになると言われていますね。

伊藤氏:はい、あくまで先に述べた介護領域は例のひとつで、同様のポテンシャルを持つ領域は他にもあります。それぞれの企業ごとに大量にあるリアルデータを活用するのは、まさにAIの得意領域なんじゃないかと思っています。

革新を促す「働き方改革」においてHRテクノロジーが持つポテンシャルは高い

伊藤氏:人事労務領域もまさにそのひとつで、課題は山積みです。

宮田:そうなんですよね、手書きの書類やそれの管理、そして役所への訪問などなど、大きな手間がかかりますし、まだまだ無駄が大きいと思います。でも、だからこそHRテクノロジーで解決するポテンシャルでもあるわけですよね。働く人のすべてが関わるというのもあります。

伊藤氏:そうなんです、日本で働く7,000万人全ての人々が関わるため、ものすごく大きな潜在的市場規模になり得ると思っています。

宮田:それこそ今おっしゃられていたような「リアルデータ」は、我々が手がける人事労務分野においてもたくさん存在しています。

伊藤氏:ありますね。たくさんあるはずです。

宮田:社会保険や雇用保険の手続きはもちろん、所得や扶養控除なんかのデータも収集できます。更には今後、そういった人事労務のデータと人事評価などのデータを組み合わせると、現時点でまだGoogleやAmazon、Facebookなどの企業に取られてないような、日本独自のデータを、AIやマシンラーニングとかけ合わせていくことで生かしていけるのかなと思いますし、先程のお話で共感する部分が多かったです。

伊藤氏:そうなんですよね。そして、今ある手書きのリアルデータをいかにデジタル化していくのかと。

宮田:煩雑になっている、役所の手続きなどをどう変革していくかがポイントになりそうだなと思いますし、我々としても手がけていかなければならない部分だと思っています。

株式会社SmartHR 代表取締役 宮田 昇始

「職務の無限定性」からの脱却とタスクの分解

伊藤氏:ちょっと話は戻るのですが、今の働き方改革は「労働時間削減」と並んで、「同一労働・同一賃金」というのがすごく大きな鍵となっているんですね。でも「同一労働」の定義が曖昧だと、同一賃金にしようにもできないなど、課題も山積みです。

藤田:そもそも「同一労働」って何なの? というのをしっかり明確化する必要があると。

伊藤氏:これはすごく本質的なことで、今までの日本型雇用モデルの特徴として「職務の無限定性」という課題がありました。枠にとらわれることなく様々な仕事にチャレンジするチャンスが生まれる良い面もあります。でも結果的に労働時間が長くなってしまうとか、それを見た別の人が「誰々が残っているので帰れません」ということに繋がってしまう。

そこで政府が既に示している「同一労働・同一賃金のガイドライン」の前文に、「職務内容の明確化と公正な評価を推進する」といった趣旨のことが書かれているんですね。そうすると、これまでの「職務の無限定性」から大きく方向性を変えることになり、やはりタスクを分解していく必要があります。

これは先ほどのAIの話にもつながりまして。アメリカで47%、日本で49%の仕事がAIに取って代わられるという研究結果(*2)がありますが、これって実は、5割近い人が実際にAIに取って代わられるということを言ってるわけではなくて、あるタスクに着目をしたときに、AIに代替されやすいタスクを含む仕事が約5割あるということなんですよね。

HRから「HAIR」への転換

宮田:直接的に人のポジションが奪われるわけではないと?

伊藤氏:そうですね。そうすると、いっさいがっさい全部自分で仕事をするのではなく、仕事を分解することで、「この仕事はAIにやらせる」、「この仕事は自分でやる」とすることができる。だからそういう意味では、先ほどの「個人」の側から見たキーワードが「選択肢」と「プロフェッショナル性」だとすれば、「企業経営」から見るキーワードは、「タスクの分解」と「最適なタスク分配」ということになると思います。これが「働き方改革」の、ある意味での本質だと思います。

宮田:我々のお客さまや近しい社労士の先生方の中でも、タスクの分解のようなことは進んでいますね。

伊藤氏:差し支えなければ例を聞いてみたいです。

宮田:まずお客さまの例だと、行政手続きの書類作成。主にここは手書きで情報を添付することが多いので、これは誰がやっても同じですし、このタスクを人力から切り話すというか、それこそSmartHRに任せるというケースが増えてきています。それによって生まれた時間を活用し、人事部として人事制度の導入や整備といったことに時間を割かれるお客さまが結構増えたりしてきています。

伊藤氏:おー、好例ですね!

宮田:それから社労士さんの例ですね。書類の作成業務って誰がやっても変わらないし、付加価値もなく差別化の難しい領域だから、社労士さん達にも「これは機械やHRテクノロジーに任せよう」という動きがあります。それに伴い、経営を後押しする人事面のコンサルティングや提案だったり、労使交渉の間に入ったりといった、人だからこその付加価値を出そうとされている社労士さんが、最近増えてきているなというのを感じています。

実際の事例として「SmartHRを活用してクラウド労務顧問できます」という訴求によって、新規顧問先を40社以上も獲得している社労士さんがいます。これはセールストークとしてもそうですが、書類作成などの作業時間が軽減するからこそできることだと思っています。

人づくり革命の軸となる「リカレント教育」

伊藤氏:人だからこその価値、まさにそうですね。昔から言われていますが、ガバナンスが強化される中で、より自分のコア・コンピテンシーと正面から向き合って、それを伸ばしていかないと、企業はもちろん日本経済もなかなか成長しないですよね。

宮田:結構、これって教育にも関係するような気がしていて。やっぱり日本的な教育だといかに道を外れないか、負け組にならないかという風潮なので、一念発起してコア・コンピテンシーを持って自分で勝負するって、日本人にとっては勇気のいることかもしれません。個人はもちろん経営者含めて、その意識や教育の改革が必要なのかなという気がしています。

伊藤氏:そうですね。そのためには、まずコア・コンピテンシーは1つである必要はなく、「人生100年時代」に向けて様々なスキルを身に付けていくということでもあるし、副業なんかもそうですよね。

藤田:今、「人づくり革命」がまさに動いているところだと思いますが、この個人の責任感やプロフェッショナル性につながってくる部分ですかね。

伊藤氏:そうですね。「人生100年時代」の人づくり革命の大きな柱は2つあって、1つは「教育の無償化」ですね。これは教育格差の再生産への対策の要となっている。もう1つの柱は「リカレント教育」です。会社に入ってからも学び続けて、自分の手札を増やしていくと。

宮田:リカレント教育、なるほど。社会人になってからが、むしろ本番ということですね。

「働き方改革」と「人づくり革命」はセットで考える必要がある

伊藤氏:ただ、残念ながら今までの日本では、企業のOJTがあまりにもうまくいき過ぎていたこともあり、その裏腹で、企業以外に社会人になってからの教育の担い手がないという課題もあります。現実問題として、残念ながら大学がその役割を担っていないので、そこは相当テコ入れしなきゃいけないと思います。

宮田:そもそもの教育システムが、社会に出て働くということと上手く馴染んでいないのも課題かもしれませんね。ライフステージの各フェーズが分断的というか、なんだか通過儀礼のようなものになってしまっているというか。

伊藤氏:そうなんです。リカレント教育がなかなか日本に根付いてこなかった理由は3つあって、まず「時間がない」。これは、働き方改革における一連の流れで解消されていくでしょう。2つ目に「金がない」。これはMOOCs(Massive Open Online Courses;無料オンライン講座の総称)やオンラインサービスの台頭で比較的低価格で享受できるようになってきていますし、また、経産省も厚生労働省と職業訓練で連携して、「第4次産業革命スキル認定制度」を創設するなど、テコ入れしようとしている段階です。

最後の3つ目は一番本質的なところでして、何かというと「何を学べば良いかわからない」と。これは、そもそも学ぶことがゆくゆくは給料が上がるとか、求職時の選択肢が拡大するといった、具体的な道筋がもっと見えてこないといけない。でも、そこが見えにくいんですよね。だから、そこも変えなきゃいけなくて、そういう意味では「働き方改革」と「人づくり革命」はセットで進めなければならないと考えています。


後編「HRテクノロジー普及のカギを模索する」につづく

【参照】
*1:2035年には人工知能によって16業界で平均38%の増収が可能 – アクセンチュア
*2:日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に – 野村総合研究所

藤田 隼

SmartHR mag. 2代目編集長。ソーシャル系スタートアップでSNSマーケティングや自社メディア運営に携わり、2015年よりメディアに特化した事業会社で複数サイトのディレクターを経験した後、SmartHRにジョイン。ウェブ解析士。


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